米の後を追い、退職後生活を株式市場に賭ける中流階級日本人たち #1【金持ち西園寺】
日本円は紙屑になる運命、CASH is TRASH 【金持ち西園寺#3】
子供の頃、「戦争はなんて酷いのだろう」と思った。
どうして人間はこんなに愚かなのだろうと思った。
戦争には何のメリットもない。
そう思っていた。
・・・・・・しかし、その考えは覆った。
人類には、戦争が必要である。
戦後日本においては、戦場から生きて帰ってきた人間によって立ち上げられたビジネスが多い。
彼らは、
戦争と比べればマシ。命は取られない
という強烈なマインドセットがあった。
だから頑張れた。
戦争は命を粗末にする。
しかし、平和ボケもまた、命を粗末にする。
お金と命は似ている。
粗末にしすぎると悲惨なことになるが、
大事にしすぎると「澱み腐る」。
衰退した国家では、子供が生まれない。
現在、日本では出生数が70万人を切る勢いだ。
一方で、一番多い世代は同級生が200万人いる。
つまり、100万を超える単位で新しい命が制限されている。
第二次世界大戦中の日本人の死傷者は、民間・軍属合わせて300万単位のオーダーだ。
また、少子高齢化の日本では、現在、年寄りが死にまくっている。
社人研の推計によれば、2024年から年間150万人以上死ぬ時代が到来する。これは、日本の統計史上最大の年間死亡者数を記録した1918年の149万人(スペイン風邪のパンデミックがあった年)を超え、統計が残らない太平洋戦争期間中の年間平均死亡者数に匹敵するといわれる。
戦争もしていないのに、戦争中と同等の人数が死ぬ国になる。しかも、それが約50年間継続する。
(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ca3f8eee8e3d10973b81518a485eb7cec792a75e)
動物の繁殖には限界がある。
それは人間も同じことなのだ。
しかし、人類はあの手この手で工夫して、自然に逆らってきた。
こうして人口を増やしまくった。
人口を増やしまくった結果、歪みが生まれる。
そして、どこかで命の制限や多死が進む。
人口減少が急激に進む。
国力が弱くなった国では、限界集落が維持できなくなる。
死ぬのは末端からだ。
こうして、だんだん都心集中が進む。
田舎・地方は沈んでいく。
また、国全体が弱くなり、みんなの生活水準が落ちていく。
戦争のようなハードな死に方はしない。
しかし、マイルドに死んでいく。ソフトランディングが進むのだ。
緩慢に死んでいく。
強いものだけがパートナーシップを作り繁殖し、それ以外は
- 家族がいない
- 子供がいない
- 老後が寂しい
という人生を送っていくことになる。
また、それに向かっていく過程で、生活は厳しい。
そして薄給労働を続けないといけない。
それは終身刑に近い。
そして、それでも平和ボケした世の中では、
- 命
- 金
- プライド
みたいなものを守りすぎて、どんどん弱くなっていく。
「必死」さが失われていく。
自分の国は自分で守れない。
でも、命は惜しい。
そんな弱者は、強者に献上をしないと生きていけない。
そしてその立場を徹底的につけ込まれて、どんどん吸い上げられていく。
そして貧しくなる。
生き物は、「死」という最大の恐怖を前にしないと、必死さが出ない。また、死の恐怖を持っていないと、
- 名誉
- プライド
- 些細な労苦
に一喜一憂したり、それに振り回されるようになる。
優先順位がおかしくなる。
低所得な生活をしているのに、結婚できないのに、彼女いないのに、モテないのに、何も買えないのに、遊べないのに、
「その状態」
を維持しようとする。
アンコンフォートな低レベルゾーンをコンフォートだと思ってしまう。
それでもどんどん弱くなっていくのに、勇気を持って抜け出すことができなくなる。そしてじわりじわりと緩慢に死んでいく。
エリート、バリキャリ、起業家たちが
「死ぬことと比べれば・・・」
と発言するのは、正しいのだ。
動乱の時代を生きた人間は、理不尽で
- 財産が没収される
- 家が焼け野原になる
- 命を落とす羽目になる
というのがザラだった。
そういうのが当たり前のカオスの時代だった。
でも、だからこそ、ハツラツと生きられたのだ。
愛する人と引き裂かれた時代を知らないものは、愛する人と共にいられる価値にも気づかない。
すると、貪欲さを持っていない弱者・敗者がどんどん量産される。
年収1000万円すら稼げていないのに、それで「満足だ」と思ってしまう人間、向上意欲を持たない人間、リスク取らない人間が量産される。
雑魚の集団、烏合の集団と化せば、世界的な地位も落ちる。
- 学校教育はパワハラ!
- 体育会系キモすぎ!
- 上司のマッチョ思想がだるい!!
こうして、人は「チー牛化」を進める。
戦争帰りの人間・世代が、戦争の悲惨さを知り、
次の世代にこんな辛い思いはさせたくない
と戦争絶対反対になる。
そして、「経済で今度は勝つ」と必死になる。貧しさから立ちあがろうと働きまくる。
こうして、次の世代に豊かさが残される。
しかし、次の世代の次、そしてその次・・・
となってくると、過去の遺産で食うような腑抜けた野郎ばかりになってしまう。ボンボンの家の人間がダメになるのと同じ原理で国家が弱体化する。
血の気は荒くない。
優しい。
社会全体が上品で潔癖症。
しかし、こんな世の中では、
- 命を賭けろ!
- 必死になれ!
- もうお前ババアだろ、まだ子供産まないのか!
この程度の発言に神経を尖らせてイライラする人間が増える。反抗する人間が増える。早い話がガキが増える。
そして、権利運動を始める。謎の「ハラスメントムーブ」を始める。社会であらゆる表現が規制される。
こうして、
そもそも自然界が残酷で、生きるとは本来必死なこと
ということが忘れられる。
熊を行政や漁師が射殺したりすれば、アホみたいなクレームが寄せられる。
動物愛護団体や、ベジタリアンが「●●を殺すな!」とのたうち回る。
命が粗末にされすぎるのは悲惨だが、
命が過剰に過保護にされる世の中も歪みが出る。
金も一緒だ。
こうして、世の中が歪んでいく。
おかしくなっていく。
生きることはできる、最低限の生活は保たれるが、あちこちに夢も希望もない、理不尽なシーンが増えていく。謎の狂気が蔓延るようになる。
人間からも強さやタフさが失われていく。どうでもいいことに一喜一憂するようになる。
底辺だけじゃない。
エリートたちも、利権にしがみつく。利権を守るために汚職に走るようになる。世の中が、全体が、そういうものだらけになる。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。