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死にたいと打ち明けられた時に対応に困る人が多いみたいだけれど、私はなぜかこれまでの人生で「死にたい」とガチ目に打ち明けられた回数が多いから、ビクともしない。
なんか、多くの人は、それを打ち明けられた時に
- えっ、怖い
- 対応間違えたらどうしよう
- 私のせいで死んじゃったらどうしよう
みたいな感じでそそくさと逃げる感じの人が多いみたい。
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普通に話せば大丈夫だよ。
まー、私がその類のことを平気なのは、そういう人とたくさん話したことがあるってのと、死にたいって言ってる人の数倍、ガチ目に死にそうになった経験があるからですね。
なんか現代社会では「死にかける経験」ってあんまり無いと思うんだけれど、大昔だったら割と結構、本気で死にかける回数が多かったんじゃないかな。
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現代人はどうも「生死」をタブー扱いしすぎてる感があるね。
過敏というか。
人の命は大事だと思うけど、世の中の葬式とか見かけるたびに、「やりすぎちゃう?」って思うね。
過剰に重々しい感じにすると逆に軽くなるよ。
結婚式もそうだね。祝うという本来の行為が強制感が強くなってしまい、悪いイメージがついたね。
俺なんて葬式して欲しいとかも全く思わないし、人は死ぬときはコロッと死ぬと思ってるからねぇ。
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「死にたい」といった深刻な悩みは誰にでも打ち明けているのではありません。これまでの関係から、あなたならば自分の悩みをさらけ出しても、きっと真剣に耳を傾けてくれるのではないかという思いから打ち明けているのです。
自殺の危険の高い人というのは、「死んでしまいたい」という気持ちと「助けて欲しい。苦しみを止めて欲しい」という気持ちの間で激しく揺れ動き続けているのです。最後の行動に実際に及んでしまうまで、この両極端の気持ちの間で激しく揺れ動き続けているのです。
そして、もう一度、生の側に引き戻して貰いたいと感じながら、ある特定の人を選んで、救いを求める絶望的な叫びを発しているのです。「死にたい」と打ち明けられたときの対応の仕方について記します。
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(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。