バストアップは大事ではない。それよりも、フェラチオである。

西園寺の大胆提言。

バストアップよりも、フェラチオの方が大事である。

 

ある知人が、貧乳で悩んでいました。

豊胸手術をしたいぐらい悩んでいるそうです。

 

しかし、これまでグローバルに、プロとの取引も含めて3桁を超える女性の乳を揉んだデューク西園寺から言わせれば、豊胸の胸というのはある程度、わかります。別に、「わかってもいーやー」って言って、自己満足のためにやる人たちもたくさんいます。私がこれまでに一番驚いたのは、石のように硬いおっぱいで、触った瞬間にビンビンだったミートスティックが一瞬にして柔らかくなりました。

とはいえ、「不自然なのは嫌!」「男の人に変に思われるのは嫌!」と、ある程度男性に意識が向いた人も少なくないのも事実です。

 

ここで、私が大胆な提言をしましょう。

バストアップよりも、大事なのはフェラチオである。

 

正直言って、胸は垂れます。10代後半の胸と、アラサーの胸は同じですか?と聞いて、「同じだ!」と言い張れる人は少ないでしょう。これはもう、致し方無い部分があるのです。

大きければ大きいほど、垂れます。人間万事塞翁が馬とはよく言ったもので、大きければ垂れる危険があるのですが、小さければ、そもそも垂れるものが無いのです。貧乳の時代が来るのはある程度歳をとってからです。

確かに、男性は豊かな胸が好きですが、「強烈なコンプレックス」に苛まれている貧乳女性の悩みを聞いているときに、(おっぱい星人である私でも)これは行き過ぎているな、と感じてしまいました。綺麗事抜きでおっぱいは相当大切ですが、貧乳が巨乳を倒す時もあるのです。

具体的かつゲスい例を出しましょう。

男性の本音が最も現れるのは風俗マーケットです。風俗ポータルサイトでは、女性のスリーサイズから、雰囲気、身長に至るまで、あらゆる項目を条件設定して検索することができます。また、夜のマーケットでは、鼻息を荒くした男たちが、お店の中でパネルを見せられて、乳や脚を見ながら真剣に比較しているのです。

売り手側も、稼ぎがかかっており、最近は人材のレベルも上がって競争が激しい。指名の奪い合いです。私が聞いた話だと、「もっと出勤したいけど、人がいすぎて入る隙間がない(笑)」と、某芸能人似の女の子が言っていました。外で、「バ〜ニラ、バニラ、バ〜ニラ求人!」と露骨に勧誘カーが走るご時世ですから、割と人材は豊富なのかもしれません。

ちなみに、私はその世界で相当お金を使ってきましたが、「巨乳より貧乳」を選択したことが何度もあります。言っておきますが、そのマーケットではお金を使って、指名料も払って選択するのですから男の嘘偽り無しのゲスい本音が出ているわけです。世の男性は、私よりはゲス度は低いかもしれませんし、もう少々清廉性のある紳士の方々もいるかもしれませんが、(私のゲス度はさておき)建前だらけのこの世の中で、赤裸々に本音でお話ししていることはお約束します。本音を言いすぎて傷つけた人の数は数知れず、がモットー、デュークです。

何が選択の基準か?

「愛嬌」「サービス精神」「性技」「接待力」「性格」「会話の感じや癒し度」

だったりするのです。

旦那の風俗通いを「ただの処理だからいいか・・・」と思っている人には訃報かもしれませんが、実はあの界隈には、「身も心も元気フル充填」させられるカリスマが割と結構いるのです。明るくキャピキャピ生きていて、ちん●と心の両方をガッチリと掴める人間がいるのです。私も何度、「うおおお!元気フル充填!!」となったことがあるかわかりません。大人になって、そんなに急速充電できる場所はなかなかありません。雑誌を見ると、風俗ネタは決まって「悲劇・・・」みたいなネガティブな書き方がされていますが、私が見る限り、相当リア充は多くて、しかも周りに流されない独特な世界観を持っている人間が多く、「また行きたい」という気にさせるカリスマがたまにいます。ディズニーランドばりの空間を創造できる人間たちがいるのです。カリスマホストなども何億と稼ぎますが、やっぱりそれなりに一つ輝く人間がそこにいるわけです。

アイドルも含めて、露骨に自分に順位をつけられて、場合によっては格差を感じながらも舞台上でパフォーマンスする人たち全員に敬意を評したいと思います。本当にすごい!

話が逸れましたが、「巨乳」という武器は確かに大きな武器なのですが、それをはるかに凌駕する別の方向性だってあるのだ、というのを卑近な例で示したまでです。

キャバクラにせよ、ホストにせよ、風俗にせよ、自分の身一つで客を掴むというのは相当甘くないもので、こういった界隈の人を下に見る人ほど「自分に自信が無い」ものだったりします。正直、そういう界隈の人たちは面白いのです。私は何度も人生観を揺さぶられてきました。大金を稼ぐのは伊達ではありません。テーマパークに、リゾート地に、海に山に、都心のおしゃれなレストランに、ホテルに・・・・と面白いところはいっぱいありますが、ネオン街のワクワク感というのは、やっぱり凄いものです。

夜の世界では、ほとんどの人が、テキトーに、まぁまぁに業務をこなしています。しかし、一定数ですが、各々が創意工夫して、いろんな技を持っていたりするのです。ある意味、各々が需要を狙って、各々が創意工夫した結果がその技だったりするのですが、本当にたまに、「なんだこれは!!!こやつ!!!わかっておる!!!」という猛者と出会うのです。

人間というのは、圧倒的性快楽をもたらす相性の良い人間の前では、他所では披露しない姿を披露するものです。

稀にですが、本当に「気持ちいい相手」っているのです。私の知人は、「男と女ってのは、体か心なんだよ」という謎の迷言を残していますが、それはあながち嘘ではありません。ロミオとジュリエットばりに、周りから祝福されないラブラブに突き進んでいく男女をよーく観察すると、女の目が何か新興宗教にハマった信者のようにトローンとしていることに気付きます。経験の乏しい人は、それを外から眺めてなんやかんや言うわけですが、経験豊富な人間は、気付きます。

あぁ、相当セックスがいいのね

と。

正直、理性的なコメントばかりに終始している人は、ある意味かわいそうなのかも知れません。そのままゴールインしちゃった人は尚更です。実は、世の中には「圧倒的な性的快楽」をもたらしてくれる相手との出会いというのがあり、それは新興宗教信者の語る「神秘体験」とほぼほぼ同じレベルであり、それと出会うと、いろんなことが頭から吹き飛びます。

人間の体とは不思議なもので、体が勝手に痙攣したり、潮を吹いたり、猛獣のようなうねり声をあげたり、猫の発情期のようなダミ声をあげたり、自分で自分にびっくりする瞬間と出会う時があります。思わず、「もう赤ちゃんでもなんでもできていいから出してッッッ!!!!」「私を性処理機にしてください!!!!」などと仰天の発言をし、涙を流してオーガズムに達しながら、電動バイブ機のように振動し、5分ぐらい意識不明レベルで無反応になった後、ゆっくりと寝返りを打ち、その後、自分が発してしまった言葉を思い出して恥辱感に苛まれながら、「何なんだこの体験は・・・・」と、教祖を見るような目で眺めて来る子など。

私も、

3分でイカしてあげるから

と、どこぞのカルト教祖ばりの自信満々オーラを発しながら、これまでに感じたことのない咥え方をされて、本当に衝撃的の快感を味わされて思わず「あああアァァアアヒッッッ!!!!ヒヒッ!!!」と情けない声をあげて昇天したことがあります。その後、彼女は口からこぼれ出るカルピスを手の甲でたくましくごちそうさまでしたと言わんばかりに拭い取って、そのかっこよさに惚れてしまいました。崇拝の目で見てしまいました。「気持ち良かったでしょ?」と男気溢れる堂々とした態度で言われ、思わず「はいっ!」と敬語になるぐらい。

何の話かわからなくなってきました。

 

固定的なパートナーシップを構築するとき、やはりどうしても「レス」にはなりやすいものだと思います。今の「垂れる話」を考えてみてもそうですが、長い目で見れば、実は大事なのは「性技」では無いのか、という気がしてくるわけです。

いろんな人と交わっていると、稀に、「突出した性技」を持っている女性と出会います。人の財布事情とセックスはわからない、とはよく言ったもので、案外、女の子は他所の女の子のセックスを知りません。稀に、突出した性技を持つ人がいます。

 

なんだこれは!!!!!

 

という感じです。正直、経験人数が多すぎると、いつどこで誰とやったのか、記憶が混線してきます。曖昧になったり、人を間違えたりするわけですね。特にプロフェッショナルのお店などの場合やワンナイトの場合、関わりが薄いですから記憶に残りません。しかし、そういうショートな関わりでも、強烈な記憶に残る人がいるのです。それが、神的な性技を持つ人です。ここで、フェラチオモンスターと呼ぶことにしましょう。

フェラチオモンスターは、圧倒的優越感と選民意識、誇りを持っています。そして、その技法があることを、同性には秘密にしています。男たちが、自分の舌技で骨抜きになる味を知っている。自分の虜になる、中毒になることを知っている。他の女では満たされない何かを提供できることを知っていて、男をキャッチ&リリースしても返ってくることを確信しているため、精神的に安定しているのです。男たちに絶賛されて自信を持っているのです。フェラチオモンスターのあの堂々とした振る舞いと、確固たる自信を軸に持っている姿は、眩しいぐらいです。

 

フェラチオモンスターたちは、男性の人体に対する理解が深く、「男の性欲=ある程度は射精欲」であることを理解しています。ある程度、糞尿と似たような部分があるとわかっており、だからこそ、主体的かつ意欲的に咥えていきます。

吐精させる、吐き出させる、という感じです。

出させてやらねば、という「処理意識」があるわけで、半ば、看護や介護に近い。もちろん、ここにはロマンチックのカケラもなく、ピュアで男に夢を見るタイプ、紳士に弱い系ほどそういうことを「許せない!」と思うものですが、割と現実対応型に限って、その重要性を認識し、黙々と処理します。こうすることで、男性側の欲望を満たしつつ、外で弾ける危険性を減退させていきます。古今東西、「疲れた」「だるい」などの理由で、男性がセックスを拒否されるようになってから、男女間にヒビが入っていくものですが、フェラチオモンスターは献身的に貢献します。そして、その姿を見て、男性側は何かを感じ、関係性は保たれるわけです。

うまくいっているところは「男を立てている」とよく言われますが、いろんな意味で「勃てている」女が利口なのは言うまでもありません。露骨なエロから、ライトなエロ、さりげないエロから、ふんわりとしたエロ、可愛いエロまで、とにかく利口な人は「多種多様なエロ」を使えば、男はある程度、意のままであることを心得ています。

実は浮気問題というのは、上手な吐精処理と、ハートを掴むツボとなるセンターピンを倒していれば、割と生じない問題で、その2つを抑えつつ、おまけに胃袋も財布の紐も掴んでいる家では、男たちがパーフェクトな直行直帰を繰り返すマシーンと化しており、クレオパトラがフェラチオで兵を統べていたという話はあながち嘘ではないのでは、と思えて来るほどです。実は、多くの男たちは、カリスマ的に女性に支配されたいという無自覚の深い深層心理を抱えており、ここを上手に捉えた天才的女性の旦那は、それこそカルト信者のように、お手本のような発言をして直行直帰生活を続けます。

実は、奴隷というのは、「本当に気持ちの良くて自ら進んでなっちゃうパターン」があるのです。奴隷にならないと味わえない奴隷の幸せというのもあります。

 

長い時間軸で見れば、性技は重要です。どんなに飽きて勃たなくなっても、咥えられて刺激されれば、膨張します。それでダメなら、単にインポテンツです。機能不能です。ある程度、セックスには事前の流れ、雰囲気、ストーリーが要りますが、マンネリしてきたときに、それが難しくなります。それが負のスパイラルを生むのです。しかし、フェラチオモンスターはマンネリ知らずです。まず、フニャチンを積極的にパックマンしに行くからです。パックマンオフェンスです。

パックマンオフェンスをすると、ナマコが焼きたてウィンナーに変わるわけですが、これによって発情した男性が、本格的な攻撃をしてきます。この好循環が大事なのです。アベノミクスの金融政策・財政出動よろしく、停滞したアソコには景気刺激策が要ります。黒田バズーカならぬ、「フェラだバズーカ」を決め込んで、暴騰させてあげて下さい。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。