Look aboutしてもLook aroundしても時間の浪費だぜ

私のことを見て、Look aboutする人、Look aroundする人、Look away from、Look through、する人がいるけれど、勝手にout of meをふらついて、カテゴリー認知されても困る。

俺が人生でしたこと無いことは2つ。貯金と、withinの発想。

だから、勝手にテキトーなexcept meのケースを集約して最大公約数弾き出されても困るぜ。それは結局のところ、『黒』でしかない。それは色じゃない。

経営者と最もoppositeしてるのは科学者か学者だと思うけど、前者にかなり断定的で勝手な物言いが多く独善的に思われ、後者がフラットなように思えるのは前者が決定と実行の仕事だから。

そもそもビジネスはLikeなもの。

I Like something の体現であり、ビジネスが創設者の体現(like)であるから、掘れば掘るほどに辿り着くのはwillとかmustとかshould、may、can、be able to、had better、would、used toみたいなもの。

설렌다 me likey
Me likey likey likey
Me likey likey likey どぅぐんどぅぐんどぅぐん

자꾸 드러내고 싶지 자꾸만
사소한 것 하나까지 전부다
작은 화면 속에 내가 제일 예뻐 보이고파
아직은 감춰 이런 내 마음 꾹꾹
멋 부린다는 건 정말 귀찮은 거
그렇다고 절대 대충할 수가 없는걸
매일 가슴 뛰게 해 이건 네가 몰라야만 돼
그러면서 뻔뻔하게
うう、サナちゃん可愛い、結婚したい、でもナヨンちゃんとジョンヨンちゃんもいるから決められない、困るぜ。

For what がなくて、ベクトルにontoしてない人間は選別もできなくて、迷った挙句、『やっぱり学問かな』みたいな誘惑に流される。wanna beやwantを忘れる。have toで客観性至上主義に流され18〜22までをそこに注いでしまう。『客観的であるべき』とか『fact based』であるべきってのに騙されてね。あほだなあ。fact basedは、若者が社内政治に打ち勝ち、あるいは対外政治に打ち勝つためのtoolとして利用してるだけで、結局それも政治的作品なんだよ。自身のI thinkとかI want toをoverさせ社会にぶつけるもの。だから、それを若いうちにやってるとやりたいことも、力も失って、最終的にはどうなるかというと、、、、downすることになる。fall down か be downする。そして社畜街道にride onしてしまう。for money なのか、for meなのか、for the customerなのか、for the company、for people in the societyなのかよくわからないまま。

そして、人に対してポジショントークだとhateして、すべてにAgainstすることになる。最後は、希の綱も切れて、心の灯火も消え、get out of the worldしてしまう。

 

===


マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





800px-LineartPresRev


お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。