「寂しさを埋める」と「孤独になる」の両極を俺は試した。17歳までに。結果・・・・。

誰だって、寂しいと思う。

仲間に省かれたくないと思う。

友達が欲しいと思う。

人から注目を浴びたいとか、気に掛けられたいとか、心を許せる関係が欲しいと思う。

特に、子供の頃はそうなんじゃないかと思う。

 

学生時代、進学したとか、進級したとかいう場合には、まず真っ先に「友達を作る」ということに命を賭けた人は多いと思う。私も昔はそうだった。まず真っ先に友達を作るというもの。学生時代は友達が生命線だからね。

でも、いつからだろうね。

「これ、なんか違うな」

と思い始めた。

輪の中にいようとすればするほど、満たされない感じ。みんなと一緒になろうとすればするほど、苦しくなる感じ。これでいいのかという感じ。なんていうか、無駄な時間を過ごしている感じがものすごくした。

「湘南乃風的な世界観」って言ったら失礼かもしれないけれど、何歳になっても仲間だよな、みたいなのをずーっと続けるのってどうなんだろうって思った時があった。

 

そこで1回、逆に降ってみた。

思いっきり孤独になってみた。

まぁ、案の定、最初は辛かったですね。何と言っても、誘いを断るのが辛い。断ると、陰で「あいつ付き合い悪くなったな」と言われるんじゃないかとか、だんだん仲間を失っていくんじゃないかとか、自分が忘れ去られていくんじゃないか、自分が周りから置いていかれるんじゃないか、楽しい時間を過ごすことを削ってるんじゃないかみたいな不安があった。物凄くあった。

でも、だんだん、慣れていった。

孤独に振り切る前に、散々、チンピラとかヤンキーとかみたいに、「常に仲間と一緒」「誰かと群れる」みたいなことをずーっととことんやってみたんだよね。それをやってる時って、お互いがお互いに安心感があって、時間が流れていくの。ひたすら、進むことのない時間が流れる。そこに対する焦りというか、これでいいのかっていうのがたまらなくあった。友達でもいいし、彼女でも彼氏でもいいし、配偶者でもなんでもいいけれど、自分の「仲間」「身内」みたいなものがいると、人は安心しちゃう。そして、イタズラに時間が流れていっちゃう。

 

簡単に言うと、

  • 友達
  • 恋人
  • 配偶者

がいると、人生、それで終わっちゃう危険があるのよね。

もう、そこで止まっちゃう。先に進めない可能性がある。だって、周りは変わることを望んでいないから。周りが変わることを止めるから。周りから「お前はおかしくなった」とか「変わった」とか「付き合い悪くなった」とか言われる・思われるからね。

孤独というものを試してみてわかったのは、確かに寂しくはなるのだけれど、圧倒的に自由が増えるってこと。それは、彼女とかとも別れても、それを感じると思う。物凄く自由になる。そして、人との関係を維持するための様々なコストから解放されて、いろんなことができるようになる。

 

ある意味、不安の連続でもあるけれど、だんだん、自分というものができていく。自分らしさというか、自分に対する理解が深まる。「ああ、俺はこれがやりたかったんだな」とか、「俺はこれがやりたくなかったんだな」みたいなこともわかっていくようになる。もしかしたら、新しく見つかった自分に驚くこともあるかもしれない。新しく見つかった、「本心の自分」は、自分が思っている以上に情けなくて、だらしなくて、どうしようもない人間かもしれない。そして、今まで、自分が背伸びして頑張っていたことや、無理していたことや、周りの顔色をたくさん伺っていたことに気付くかもしれない。

孤独になって、自分の道を進める。

すると、びっくりするスピードで自分が変わっていく。成長していく。変化していく。というか、周囲とのギャップが開いていく。

 

もちろん、孤独も良いことばかりではない。

 

両極を試してみると良いと思う。

自分で実験してみると良いと思う。

もちろん、「良いバランスを取った方が良い」ということに着地するかもしれない。でも、何に関してもそうだけれど、実はバランスを保つってことが一番難しくて、贅沢なことだったりするのよね。バランスを保つ方向に向かうのは良いけれど、そのプロセス・前段階として、自分はどっちが良いのだろうという実験をしてみるのも大事だと思う。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。