「ブスだと思って自分を磨こう」 山崎ケイの仮定ブス幸福論に激しく共感した

家庭環境複雑な傷ついたイケメンは、ブスの女でも落とせる。美人は女としての魅力が強いけれど、ブスは母性的な魅力がある。

わろた。山崎ケイの言葉。これ、絶対合っていると思います。俺の友人にヤリチンいるけど家庭環境複雑で、若い頃の純愛で散々傷ついてヤリチンなってしまっているけれど、母性的な女に捕まると大人しくなる。

わかる。

 

いけなさそうな美人よりいけそうなブス

これもわろた。笑。深夜2時頃の居酒屋で起こるのだそう。わかる。男心をわかりすぎている。いけなさそうな美人よりいけそうなブスに集中するのはわかります。

 

自分のことをブスと仮定しない女が取る態度

多くの女性は、自分のことを美人とは思っていない。しかし、ブスとも思っていない。

ところが、自分のことを「ブス」と仮定している女はやることが変わってくる。謙虚になる。暗いよりは明るい方が良い。性格が悪いよりは良い方が良い。ゴミを拾わないよりは拾った方が良い。気が利かないよりは気が利いた方が良い。バカよりは頭が良い方が良い。自分をブスとして仮定することで、「じゃあ、ただでさえブスなのだから、せめてこれぐらいはやろう・・・・」という気持ちになり、自分磨きを頑張れるというロジック。

これ、すごいわかる。

激しく共感できる。

私も、「自分磨き」というものを頑張ってきた人生だけれど、自分磨きって何から始まるのかというと、「自分の価値を低い」と自分で思うことから始まるんだよね。自分の価値を自分で貶めることから始まる。謙虚から努力は始まる。自分の価値を最初から高いと思ってる人間は「何かをしてもらえて当たり前」「別にお役立ちしないで良い」という高飛車な姿勢で生きてしまうことになる。

 

美人のカバンは小さい、ブスのカバンは大きい

美人がバカだと天然と言われ、ブスがバカだとバカと言われる。

美人が性格が悪いと小悪魔と言われ、ブスが性格が悪いと性格が悪いと言われる。

わかる。

山﨑ケイによると、美人のカバンは小さい。対して、ブスの場合はカバンにいろんな「いい女グッズ」を入れるのだそう。裁縫アイテム、綿棒、頭痛薬、絆創膏、爪切り、電池・・・・などなど。だから、ブスのカバンは大きい。

いざという時に誰かの助けになれる。それがチャンスになる。いい女っぽく見せることができる。

実際、好感度は非常に高いと思う。

美人と同じことをしていても意味がないと。美人がやっていないこと、人がしたがらないことを積極的にやらなければならないのだと。

 

美人は「してもらえばいいや」の精神で生きている

山崎ケイ曰く、美人はしてもらえばいいやの精神で生きているとのこと。これはすごくわかる。

自分をブスだと仮定することにより、謙虚になる。謙虚になると、日頃から、「誰かのお役に立てるものを持っていこうという謙虚な精神になる」とのこと。これはすごくわかる。めちゃめちゃ重要だと思う。

チヤホヤされる家庭環境にいるのが長かった、どこ行ってもチヤホヤされてきた、自分のことをお高いと思っている、こういうのが続けば続くほど、「してもらえばいいや」の精神が強くなってしまう。

 

自分をブスと仮定することの効用

結局、大方の人はブスではない。でも、自分をブスと仮定することで、

  • 明るい性格
  • 賢い精神
  • 良い性格
  • 人の役に立てるものを持ち歩く
  • 人が嫌がることを率先してやる

という、当たり前のことが当たり前にできる女性になる。つまり、素敵で魅力的な女性になれる・・・・というのが、山崎ケイの主張である。

これは、素晴らしいと思う。

結局のところ、自分を控えめに捉えている人が、努力したり、自己投資したり、学習しよう、向上しよう、と思う。自分のことをどこかで尊大に思っていると、ひねくれる・拗ねるものである。やってもらえばいいの精神になるから。ところが、本当に自分の価値を低く見積もっている人は、「自分の価値は低いのだからせめて・・・・」というマインドになる。そして、謙虚に自分磨きをしたりする。

・・・・・・・すげー自己啓発じゃん。

 

ってまぁ、俺はそれ、昔から気付いているけどね♪

これって、本当に現実を好転させようとしてきた人、実際できた人はみんな気付いていると思う。やってきてると思う。

自分の価値が低い結果、うまくいかないことに関して、外部を責めていてもどうしようもない。だから、自分にテコ入れして、謙虚になる。これが現実的な大人の自己啓発。ライフハック。まずスタートは、「自分のことを低く見積もること」からだと思う。それは、人前で見せる見せかけの謙虚さじゃなくて、内心、本当にどう思っているか、の点。

 

諦めてひねくれたら終わり

ホント、これ。

諦めてひねくれたら終わり。それでは何も変わらない。前向きに、努力している方が人間的にはマシになる。でも、何に関してもそうだけれど、ひねくれてる人っていると思う。

後になると、「時間の無駄だった」「若さの損失だった」「傲慢だった」って気づくからね。何事も早い方が良い。

ブスより老化の方が厄介だから。

 

最後に勝つのは?

巷では美人が絶対正義とされがちな風潮があるけど、そんなことない。美人にはデメリットが多すぎる。まず、寄ってくる男が外見しか見てない。老化した時の劣化、周りの手のひら返しが激しい。高望みが止まらなくなって売り時(旬)を逃しやすい。ババアになっても美人だった頃のセルフイメージを捨てられない・・・・などなど。

交際とか結婚みたいな、安定長期的な関係になればなるほど、性格重視になる。年齢が上がれば上がるほど人間性重視になる。謙虚で、努力を積んできた人ほど高く飛躍する。もともとアドバンテージがあった人が追い抜かされたりする。

恵まれない出自の人の方が、揉まれて揉まれて強くなってたりする。

・・・・・・・それが世の中。

 

っていうか、外見至上主義って10代で終わりでしょ?

っていうか外見至上主義って10代で終わるのが普通だと思う。

20代からは中身での勝負になってくる。

30代とかになったらもはや、人格・性格・考え方・マインドセット面で形成された世界観でひっくり返せないほどの差ができたりするぜ。

女遊び、男遊び、モテる自慢を「辟易している人」とかたまに見かけるけど、そういうのを辟易する人って実は、お高くとまってて努力してない人でもあったりする。

ヤリチンは努力家だからな。

女の子のニーズに徹底的に合わせにいってる人とか多い。


===

西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。