思考は言語によって成り立っている、といっても良いでしょう。そして、日本語という言語には致命的な機能的欠点が存在します。それは、主語を抜かしても平気で話が通じてしまうということです。そして、これは日本人の思考にもモロに影響が及んでいて、主語をぶっこぬいて物事を考えてる人がめちゃめちゃ多いのです。
英語の基本構成要素は、
『主語、動詞、目的語』
です。そして、これは本来、思考の基本とも言えるものです。思考はまず、主語から考えないといけません。主語ファーストです。
考えるときは、『自分』という制約や個性、可能性を起点にするべきです。客観という言葉は厳密には個人ができる視点ではなく、あくまで『客観的』に寄ることができるのみで、視野の段階からあくまで主観でしかないことも織り込んでおく必要があります。
主観と主体を意識する。そして何をするのか、したいのか、しているのか。それはどんなターゲットに向けられたものであるのか。
人生でやることなすことはすべて、『標的』『武器』『動き』の三要素に分解することが可能です。武器とは自分自身であり、動きは動詞であり、標的は目的語ですね。
主語をぶっこぬかさないこと、主体を意識すること、主観の自覚を忘れないこと(もちろん、客観視や客体への意識も重要です)。
日本の強みというのは、主語の部分に、『我々日本人は、、、』という暗黙の集団意識や協調精神、常識や『普通』意識があることです。個を押し殺して自然と協調できるのが強いところではあります。
ただ、個人ベースで考えると、いろいろ迷ってる人は主語意識や主観への自覚みたいなものが弱いなぁ、自己を掘ってないなぁ、と思う次第でございます。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。