選ばれた
選ばれなかった
この感覚は、幻想である。
相手には、「他の人」がいる。
あなたが別れれば、相手は、別の人を見つける。
その意味で、永遠も運命も存在しないのだ。
これは、人生のルールだ。
マーケティング的にも深淵な話で、いわゆる太客というのは、大体、他の事業者からも買っている。恋愛でもそうで、相手が強者=価値があるモテる人であるほど、他の遊び相手がいる。
つまり、私たちは、独占できない。
自分だけを選んでもらうことができない。
・・・・そして、ずっと好きでいてもらうこともできない。
だから、
誰かのために
で動くと、人生は必ず、悲劇的な末路を迎える。
結婚しても、子供ができても、
満たされない部分は存在するのだ。
私たちは替えが効く存在で、
私たちがいなくても、明日、地球は回り始める。何も変わらず。
この世界で「ところを得た感触」がしても、
それは一時的であり、
それに埋没するほど、人生は虚しくなる。
誰か一人の運命の人に選ばれ、結ばれ、幸せになる
みたいなことを、
人生の中核に置いている状態の頃、
人は苦しい。
つまり、選ばれた嬉しさとか、使命感とか、奉仕の精神とか、
そういうものはいつか限界がくる。
かといって、
自分一人が楽しいのも限界がくる。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。