本当のこと言うシリーズ#2 理想に根付くと失敗する

結婚すると、失敗する確率の方が高い。

というのは、離婚率が35%あって、別れてないカップルでも事実上破綻してる人ややむをえず続けてる人が多いから。おそらく、既婚の過半数は失敗している。

さっき読んでたブログのこんな一節がリアルやった。

 

『ねぇ、お父さんと離婚してもいい?』

母が泣きながら私にすがった日のことを、忘れていない。

私は呪われている。だから、28才に刻まれた「結婚」の二文字がこんなにも怖いのだ。

結婚したら毎年ハワイに行こうね、北海道もいいな、子供ができたらバレエを習わせたいね、背筋がぴっと伸びて凛とした子になるように。付き合って12年、そんな夢物語を語っている間は楽しかった。

結婚しても仲良しでいようね、ずっと同じベッドで腕枕をしてね、子供ができたら真ん中に寝かせて読み聞かせをしたいね、あなたみたいな本好きの子に育てたいから。34年の間に、大きな喧嘩も何度かあったけれど、乗り越えるたびにお互いを理解し合えた。

5年も経つと、ただただ怖い。

「現実」からは逃げられない。

夢だと思って語っていれば、楽しいだけだった。だから私はずっと、「結婚したい」と口にし続けていたのだ。憧れのままでいてほしかった。手を伸ばしても届かない月のような存在でいてほしかった。

現実はもっと、生々しいじゃないか。

父と母にだって恋人同士だった時代はあったはず。なのにどうして、互いを罵り合うようになってしまったのだろう。

嫌だ、離婚しないで、家族一緒がいいよ、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと、私の四人で家族なんだよ、バラバラになるのは嫌だよ――

母が泣いた日、いつの間にか私の方が大泣きしていた。

母は私をぎゅっと抱きしめて、それで、何と言ったのだったか?

泣かせちゃってごめんねぇ、お母さんが悪かったね、ずっと一緒がいいよね、お母さんが我慢すればそれで――

あの頃、母にとって父と一緒にいることは「我慢」だったのだ。

かつては恋人同士だったはずなのに、望んで一緒になったはずなのに、どうして結婚は人生の墓場と化してしまうのだろう。どうして人の心は変わってしまうのだろう。http://tenro-in.com/articles/30512

 

うーん、素晴らしいリアル。

俺が思うに、大方の家庭はこんな感じやと思う。人の話聞く限りでもこんな感じなのは凄く多い。

 

社会主義が失敗して、資本主義が成功したのは人間の本質を直視したからだと思うけど、結婚の問題はそこらへんと同じ感じな部分にある。理想論を土台に置いてるのよね。だから失敗する。

誰だって、愛した相手の前ではかっこよく、キレイでいたくて、お互いを大事にして素敵に歩みたい、裏切りたくないけれど人間の本質がそれに合致してない。

そもそも、彼氏彼女とかいう制度、夫婦という制度がNOT資本主義的。資格みたいなのと同じ弊害があるんよね。

 

俺が見る限りでも、

『この会社で出世してやるんだー!』

『彼女と結婚したーっ、幸せになってやるーっ!』

『東京でビッグになってやるーっ』

『この会社を変えてやるーっ!』

みたいな理想論をベースにした人生設計をされた同級生の方々は見事に潰れていかれた。

 

マジで俺は現実主義の極みやと思う。

現実しか見てない。

 

幸せってのは、資本主義社会の中で資本家階級に登りつめて、ゆったりとした時間の流れを感じながら、ホテルに帰り、夜の夜景を眺めてコンビニで買った缶チューハイとつまみを食べながら、デリヘルを呼んで、酔っ払った気持ちいい状態でジュプジュプしてもらうことを言うんだって。

西園寺が言ってることがどれだけ正しいのかは、50代、60代とかの方が通じそう。

 

こーゆーこと言うと怪訝な顔をされることもあるけど、至極真っ当だと思う。

たとえば、ヤリモクで寄ってきた男にブチ切れた女は、

風俗いけよ!!!!!

って言ったりするけれど、まさにそれ。正しい。性的欲求を満たすのに風俗はすごく正しい。えんこうも愛人もすごくストレートで正しい。

 

これに対して就活セクハラとかはアウトやん??

ほら!

西園寺さん、結構割とまとも!!

 

世の中で就活セクハラ問題が起これば起こるほど、熟年離婚問題がわけばわくほど、西園寺がいかにまともかがわかる。

 

この愛人囲ってる人の話とか見てみいって。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1068183890

笑笑。

会社員でもいるよねーっ。会社の中で男女関係になってゴタゴタしてる人。

 

俺は結婚に関する理想論を語るアホ女を見るたびに、心の中で、『おまえら、理想を実現することがどれだけの覚悟がいるかわかってるん?おまえらのここまでの人生とここまでの所作振る舞いで理想実現に耐えうる器じゃないのは証明されとるやろ笑』って思ってしまう。

理想は語っていい。目指してもいい。

でも、その器が無いってことに気づけないこと、自分自身の買いかぶり方にびびるんよね。

理想的なものが人間の本質に反してる以上は、その本人が、何につけいちいち泣いたり、凹んだり、苦しんだり、モチベが落ちたり、忍耐なかったり、物欲にまみれてたり、努力できんかったりするような『The人間ど真ん中』なら、キレイに生きようとしても無理で人間らしく汚い人生になるに決まってる。

キレイであるということは我慢の連続。

うまいこといった。これ、メイクもファッションも多分同じこと。

俺、知ってるもん。

若い頃から、いろんな女性を観察してて、同性も異性も憧れるような女の幸せど真ん中を得てる上流がどんな人間なの観察してたもん。

マジで我慢強い。マジで強い。無欲。努力家。忍耐ある。メンタル強い。働き者。

 

つまり、人間としてかっこよく、キレイに、理想に生きるってのはすごく非人間的に生きることで、それは全然幸せでも楽しくもなんともないかもよ、ってこと。

美意識に生きるってことでしょ。

究極、美味しいものよりまずいものを食べるんだぜ?美のために。わかる?この感覚。

 

めっちゃ深いこと言ってると思うけどなあ。

 

美意識に生きてる風な人たちが、怠惰な願望とか、あるいは物欲とか、恐怖や面倒から逃れたい欲とか、我慢や忍耐を避けたい欲とか、そーゆーものを発露させて何かを選ぼうとしてる時点でおかしい。

自分が欲の塊であることに気づいた方がいい。

 

結局、理想論を実現するのは、人間の本質から目を背けるってことやから、まさにその本人が、疲れない、欲しがらない、無欲、圧倒的な努力中毒、人間的な弱さゼロで強さの塊、、、、、というようなものでなければ成立しない。欲の塊、弱さの塊、人間としての限界を抱えてる人間という生き物、そーゆー現実を無視して理想に生きるってことが、どれだけの節制とか自律とか忍耐を要求するか、っていう。

ほんと、修行して悟りひらかんとできんでしょ、みたいなレベル。

 

ほとんどの人間は欲と怠惰にまみれてる。人間的弱さの塊。疲れてしまう。落胆してしまう。絶望してしまう。無気力になってしまう。眠たくなってしまう。それが普通。

幸せになりた〜〜〜い、とかいうタイプは自分の器がわかってない。睡眠不足が続いたらイライラして一緒にいる人間に不機嫌をぶつけるような器でしか無いことに自覚がない。

 

なぜか?

のうのうと実家暮らししてきたから。ガキだから。無能だから。自活したことないから。限界に挑戦したことないから。何かをなしたことがないから。養われてきたから。だから自分の器がわからない。

 

結婚した相手に『変わった』というけれど、実は相手は変わってなくて自分が変わったってのはよくいわれてることなんやけれども、結婚して『こんな相手だとは思わなかった』とかいうのは実は自分で自分が見えてなかったっていうオチでもあったりする。自分が何なのかが見えてない人間に他人との関係が築けるわけもなく。

 

人は、自分の本性とか本質を真剣に見つめて、それを発見した時から、生きるのが楽になり楽しくなる。

『あっ、これ気持ちいい、合ってる、いいサイクル』

ってのを気づく。自分の人生の送り方を悟る。

 

俺の場合、自分自身が想像以上にクズだったということの発見が人生を相当成功に近づけたと思う。自分の中にある、常識とか見栄とか、べき論、カッコつけ、デコレーション、虚飾をとっぱらったときに、想像以上のクズがそこにいた。

 

女をはべらかし、性の快楽におぼれ、自由気ままに暮らし、堕落し、社会常識を守らず、人目を気にせず、ダラダラとはみ出しものとして生きる、秩序のカケラもない生き方が好きな人間がそこにいた。

でも、都心でビシャってやるよりも、下町でダラッとやるようなことが好きそうな自分に気づきそれを受け入れるってのは凄く意味があることで。

 

マツコデラックスとか見てると、芸能人になる前は色々アウトだったんだろうけれど、あの人はそーゆー自分を受け入れて開花したんだろうなって意味で堕落の華って感じがする。奈落の底で華を咲かせたのかなって。あの哀愁漂う感じがたまらないのよね、個人的には。

きっとあの人は自己卑下しながらもそれなりに満たされてると思う。マツコが、日の目を浴びなかった時代に、ぼろアパートの天井を見ながら『もう何もいらないから日の目を浴びさせてくれ!』って悟りを開いた瞬間の話がマジで共感できたというか、理解できるんよね、その心境。

 

俺は働きたくない。

楽して稼ぎたい。

女をはべらかしたい。

でも頑張りたい。

ハマりたい。

なぜか働いてたりする。

なんやかんや仕事好きな自分もいる。

でも労働は嫌いだ。

毎日寝てたい。

でも毎日寝てたら暇だ。

野望がある。

でも無気力だ。

強い。

でも弱い。

でも強い。

眠りたい。

疲れやすい。

疲れた。

 

そんないろんなアンビバレンツな葛藤が渦巻く中で、自分のキャリアのドミノを倒してしまったから、引くに引けないプライドのようなものがあって、なんていうか、結局カラダの中に仕事術が染み付いてしまってる。

そりゃそうだ。

たくさん働いてきたんだから。洗脳されてきたんだから。教育を受けてきたのだから。

 

結局、

本能と

洗脳と

染み付いた習慣とで

生きてるに過ぎない。

 

俺は現実を直視してる。

直視してきた。

 

だから成功したんだ。

あまりにも泥臭く、生々しく、自分と世界の本質を受け入れたから、ドブのような人生に大輪を咲かせたんだ。

 

勉強するときに気合だけで勉強するやつとかほんとアホ。自分に期待し過ぎ。

俺ならスタバ行くぜ。

自分を豚をしつけるようにコントロールできると楽だぜ。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。