元犯罪者の社会復帰の難しさという記事を読んでて思ったこと

https://abematimes.com/posts/4159500

刑法の趣旨を鑑みるに、有期刑を設定していること自体、社会からその人を抹殺したいわけじゃない。完璧に消したいなら、すぐ殺す。中国みたいにすぐ殺す。でも、日本の場合はそうじゃなくて、社会に戻す。

有期刑を終えた人間は、普通に一般市民。

でも、この論理は理解されない。そもそも刑法自体が、一般市民の権利を守ろうと憲法との兼ね合いでかなりブレーキをかけられていること、刑法の暴走が昔のゲシュタポみたいになる・政治利用されるという危険性を孕んでいることを理解せずに、「日本の刑法は甘すぎる!!!」という発想が横行していて、世界的には死刑廃止のトレンドにもかかわらず日本では死刑賛成派が多い。死刑そのものも、その厳粛な手続きを見ていてもわかるように、国家が応報するというよりは社会秩序を考慮しているニュアンスが強く、「国家が予告殺人する」ということを非常に重く考えた上でせめぎ合いを見て取れる。もし、応報を許してしまったら社会が荒れるという発想。まぁ、でも、外患誘致とか国家で内乱を起こそうとする者を一番重い罪にしている時点で国の思惑も見て取れるのだけれど。

結局、法や権力というものに依存しすぎるというか、お上を崇めすぎるのが問題だと思う。ヤンキー生活を送った事がある人間とか、ヤンキーだらけの社会、北斗の拳のような中を生き抜いてきた人とかなら、勘が効く。鼻が効く。自衛がまず基本。警察とかまず最初からいないものと思った方が良い。同級生に警察行った人間いるけど、公務員なんて、目指すようなやつ全般、「安定した生活、しかも社会的な体裁も良くて格好いい、おまけに社会公益に尽くすし」みたいなめちゃめちゃふわふわした動機でエントリーした人間だらけで、ごくごく普通の人たちっていうことを意識しておいた方が良い。つまり、世の中みんなただの人間で、何か強力なスーパーパワーが存在してるなんて思わない方が良い。

海外の危険地帯を歩いた事がある人とかもそうだろうとけれど、グローバルスタンダードでは自衛が基本。夜に出歩ける、ぼーっとフラフラできるぐらいの治安の良さは本当にすごいことだけど、世界標準で見て、日本はすごく平和。海外はやばいやついっぱいいるから。

まぁ、昭和と比べて、平成の世の中はだいぶ平和になったんだと思う。ニュースがあるから凶悪事件は増えてるように見えるけれど、どんどん減ってる。昭和の頃は本当に悲惨な事件がたくさんあって、それを法規制とか社会的圧力とかでどんどん厳しくなって今の平和が保たれている。

今のプリクラコーナーは、男性は入れない。昔は入れた。

ナンパとか痴漢が横行したから、女性が安心して入れるように、という配慮からそういうルールができるようになった。こんな感じで、今の世の中はどんどん締め付けが強くなっている。

 

何事も一長一短だけれど、まぁ、今の世の中では「この一線を越えたらまずいな」ってのがあって、それを一番わかってるのって、子供時代に相当ヤンチャしまくった人だったりするんだよね。

小さい頃や学生時代、何をすべきなのか、・・・・・・色々論点はあるけれど、中学1年ぐらいまでだったら、同級生と軽い殴り合いとか、女の子のスカートめくるとか、友達の上履きパクって投げ捨てるとか、そういうものが横行する世界とかをある程度見て、そして厳しい先生にぶん殴られて・・・・とかいうものを経験しておかないと、大変なんだろうな、とは思う。

小中高まで締め付けが激しくて、大学で緩すぎるのも壊れる原因かな。

海外だと、高校まで自由で大学からめっちゃ勉強するんよね。俺もそのスタイルだった。海外は、高校まででヤクをやっちゃってるヤベーやつとかもまぁ、いるっちゃいるからねぇ・・・。

 

親や学校の先生、それから社会が厳しくしつけたり、早く結婚しろと促したり、社会的責任のある立場につけようとするのは、そういう恐怖感もあるんだろうなとは思う。

  • 経済的に成功する
  • 女にモテとく
  • 楽しく過ごす

は義務だと思う。

なんか、いい子ちゃんぶって、「お金に興味ないんで〜〜〜」「人生テキトーに生きられればいいんで〜〜〜」みたいな感じで資本主義社会の底辺を見たことがないボンボンが、舐めた発想で世の中に出て行って、社会の底辺に組み込まれて、底辺の住人であるパワハラ上司にボコボコにされて、ブチ切れて犯罪起こすとかあるけれど、そういう人たちも、

  • 自分の限界値とかリアル
  • 社会のリアル

みたいな人を知らなさすぎるんやと思う。

 

一回まじで、底に落ちて見たほうが貴方のためにいいんじゃない?

って思うような人間は世の中にいっぱいいる気がする。平和すぎるとか、環境が良すぎる、甘やかされすぎるってのも問題やと思う。

割といい家庭に育ち、何不自由なく真っ直ぐに育ってきましたみたいな人を見ると、「あ、この人将来の犯罪者予備軍っぽそう」って思うことがある。犯罪者の弁解見てみぃ。

「生活のために仕方なく」

とか、追い込まれた環境のストレスで・・・・とかそういうのマジで多いから。超恵まれなかった人もいるけど、超ボンボンも危ないからね。ボンボンは、無駄に頭が良い分、何かあるとすぐに「世の中が悪い」ってなってその発想が暴走して止まらなくなったりするからね。だから高学歴って危ないんよね。事実上のバカだから。80%の人間が「めんどくさ」って諦めることをやり続けるんやから、何かあると歯止め掛らないでしょ。意外と大企業とかの内部腐敗の方がヤベーんだよ。しかも選民意識がある同質性の集団だから。

若い頃にヤンチャしてたスーパーヤンキーが社会人になってすごく穏やかで人当たり良くなってて、学生時代におとなしくしてたのが大企業の中でスッゲーパワハラマンになってたりするってのが良くある話。しかも、「社会人」っていう、無駄に承認されるラベリングで、しかも「高学歴」「エリート集団企業」とかだと無条件にもてはやされてたり、「俺たちは普通と違う」と勘違いしてたりするから、その同質性集団が暴走すると、たまに大事件やらかす。

 

よく、旅をしなさい、って言われるけれども、旅の本質は、

  • 自分の経歴
  • 自分の資格
  • 自分の地位
  • 自分の言語
  • 自分のお金

が通用しないところに行って、裸一貫、人間として人間と触れ合い交流しなさいってことなんだけれど、それで初めて、自分の人間としての小ささとか、どれだけ上に行っても別世界では大したことないんだとか、そういうことに気づける。

自分は1人間でしかないんだという。

そして、それを通して新しい価値観・フィルターが入ってくる。

 

やたら無職とかニートを怖がる人とか、それを糾弾する人もいるけれども、それってどうかなって思う。こういう人が、不可抗力で社会的ラベルを全部取り上げられた時とか、定年退職して暇人した時に、「すっからかん」になりすぎてどうしようもなくなっておかしくなったりするから。

世の中で、

  • 無職ヤバイヤバイ
  • ニートヤバイヤバイ
  • フリーターヤバイヤバイ

言いすぎると、そこに落ちた人たちが、「もう俺は終わりなんだ、もうなんでもいいや」って暴走する危険性がある。

あと、借金もそう。

「借金ある人はダメ!」みたいな風潮もすげー危ないね。

 

それと、個人的に、

「あ、こいつヤベーな」

って思うのは、親も周りもすごく優秀で、周りも優秀、付き合う人たちも優秀・・・みたいな感じで考えやコミュニティがものすごく偏ってる人たち。友達の99%が大卒みたいな。日本人の大卒の割合5割か6割弱な時点で、それって結構偏ってるぜ的な。

あぁ、あと日本語しか喋れなくて、日本人しか友達いない人。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。