先日、あまりにも腰が痛くて、マッサージ屋さんに行ってみました。今考えてみれば若いお姉さんに揉んでもらえる店を探せば良かったのですが、そこまで頭がまわらず、どこでも見かけるよーなフツーのマッサージ屋さんに行きました。そして、小一時間、暗い部屋でおじさんと濃密な時間を共にしました。要するに、腰を癒してもらったわけです。
もちろん、終了後には対価を支払いました。
いつもああいう店に行くたびに、「バックエンドは?」とか「もっと商品ラインナップを工夫した方が良くない?」とか「もっと付加価値をあげて効率的な営業するけどな、俺なら」とか「広告コピーとかHPはもうちょい工夫した方が・・・・」とか、色々浮かぶのは職業病です。
余計なお世話ですね。
もちろん、向こうの方が圧倒的にその業界・業態に詳しいのは承知の上だし、口を挟むのは失礼。
でも、向こうが、色々仕事の苦労とか言ってくるんだもの。もちろん、大変ですねぇとかそうですよねぇ、って普通に聴いてる。
でも、頭の中ではそういうことを考えずにはいられません。どんなビジネスにも言えることですが、サービスや商品そのもののクオリティと、「儲ける」「儲かる」ことはまったく別次元の話だったりします。
BusinessがBusinessたるゆえんは、儲けの上手さにありますもの。そこから離れ、オーナー側の自分本位に任せる道筋は当然ありますが、儲けが一定のラインを下回るといよいよ自分本位もクソもありません。ただの奴隷になります。
マクドナルドより美味しいハンバーガーを出せる店は腐る程あるはずです。しかし、マクドナルド以上に儲かっているハンバーガー屋はそうそう無い。そういうことですね。
私は「売れる」・「儲かる」・「楽する」の3つについて、かなり豊富な知見・能力・経験があると勝手に思っていて、それをマーケティングとかマネタイズとか呼んだりするわけですが、おかげさまでニートを拗らせてしまっています。
全然仕事してない。仕組み化に成功している。接待、商談、名刺交換の類に一切出かけない。プライベートでしか人と会わないですもん。家から一歩も出ないでやっていける。ユーチューバーでもそんなやついないでしょ。
事業家の鏡です。
この対極を行くようなのが、「うまい」・「安い」・「早い」のオペレーショナルエクセレンスを目指す方向性で、しかも商談、接待、名刺交換に忙殺される日々です。非常に原始的な商売の発想です。大体、これで勝負しているようなところは労働者が疲弊しまくっています。今度、店員さんの顔を見てみてください。
あ、そうそう、本題。
腰を揉まれていた時に思いついたアイデアを忘れないうちに。
基本的に、商売というのは
- 人の困りごと
- 人の悩み事
- 人の問題
を解決してあげる仕事です。
古今東西の宗教教祖のセリフを拝借・引用するまでも無く、あるいは人生のどん底を経験した人の事例を取り上げるまでもなく、基本的にこの世は世知づらい場所です。この世が生きづらい世界であることは、説明しなくてもほとんどの方にご共感頂けると思います。人生というのは、基本的に、苦難に満ちていますよね。苦難や葛藤の連続が人生です。え?そうでも無い?
シャバに出る前の学生段階でも悩みは尽きないのに(水泳の授業中に勃起したらどうしよう、就職先どうしようetc)、シャバに出ると悩みは加速する(ハゲてきたな〜、このままこの会社にいていいのかなetc)傾向にあります。そして、加齢するとそれは尚更です。
クーッ。やってられないですね。
誰もが一定の年齢になり、自分の生活を自分で支えるようになると、悩み・苦しみ・問題が腐る程に降り注いできます。目の前に山積するはず。
悩みが深まる。
週末の夜のストリートは酔っ払ったサラリーマン・OLでごったがえしています。
場合によっちゃ、酔っ払った勢いで路チューしている男女や足元をフラフラさせながらイタリア人ばりの抱擁をはかっている熟年不倫男女もいる。このように、酒と色恋沙汰への需要が高止まりして止まないことは、市井の平凡な風景からもみて取れます。これこそがまさに、「生きることの難しさ」を物語っているのかもしれません。みんな、酒と異性交遊に逃げ場を見出しているはずです。気のせいか?当然、私も酒と女に度々、逃げます。
赤ちゃんプレイができる環境にある男は出世できるらしいですよ。ストレスが取れるからでしょうね。
(余談ですが、個人的には、人生に前向きな目標を持ち、成長を楽しみ、イキイキとした人生を送るようになってからは、恋愛や酒への依存度合いがガクッと減ったような感覚を持っています。)
オーストラリアから東京に移住してきた知人は「東京に来てからキレやすくなった」って言ってました。あぁ、恐ろしや、JAPAN。過労に支えられた経済大国。
ストレスの処理方法は多様です。
人によっちゃヤフコメで芸能人の不倫についてディスりコメントしたり、SNSでいちいち著名人に絡んだり、意中の子をストーカーしたり、先に結婚した腹立たしい女に夜な夜な黒魔術をかけているかもしれない、ストレス発散がてらバッティングセンターに行く人、走りに行く人、風俗に行く人、飲食店の店員にあたる人、けたたましいクラクションを鳴らすのが癖になっている人、駅で取っ組み合いになっている人・・・・・・・・。
そこそこの規模の都市の、駅前のカウンセリングルームとかメンタルケアサービスなんて、予約でいっぱい。
要するに、みんな、大変なんです。
疲れてるし、困ってるし、悩んでいる。
我慢しているし、耐えている。
なんとなく空虚な心を満たしたくて、出会い系サイトや出会い系アプリに登録し、街コンに参加し、相席居酒屋に足を運び、その日出会った人と酒を飲み、カラオケに流れ、ラブホテルに行き、セックスする人もいるだろうし、フライデーナイト・サタデーナイトには、クラブで出会った異性と高止まりしたテンションを引き連れて夜の街に消えて行く人も大勢いるはず。
アイドルの握手会に行く人、カメラ女子になる人、ひたすら甘いものを馬鹿食いする人、一人でダーツする人、ゲーセンで格闘ゲームをやりこむ人、自宅でDVDを観る人、キャバクラ行く人、社会人サッカーやる人、頻繁に部屋の模様替えする人、服やカバンを衝動買いしまくる人、友達と長電話する人、毎月第3金曜日だけ走り屋になる人、ツーリングに行く人、山登りしに行く人、美術館に行く人、釣りに行く人、剣道する人、東京ディズニーランドに行く人、ユニバに行く人、韓国行く人、プレイステーションやりまくる人、動物園に行く人、水族館に行く人・・・・・・・・・・・・。
どうでしょう。
人の悩み、苦しみ、問題、葛藤・・・・みたいなものと、社会に存在する財やサービスをつなげてみました。
飯は食える。飢餓は克服した。治安も良い。衛生状況も良い。こんな国で、B to Cビジネスなら今、どんなものが求められているでしょうか。ある意味では必要ないものであり、また、ある意味では必要なものがあちこちに溢れかえっている。私は、率直にそう思います。
生きる必死さに追われないからこそ、余計な悩みが増えてしまってる感もある。
だって、「生きる」をとことんシンプルにすると、「食って寝る」だけですからね。そして、それに困窮してると悩む余地がありません。
人を救う。
人を助ける。
人に貢献する。
それがビジネスです。ビジネスに対してビジネスするのも良いです。
喜ばせたり、感動させたり、驚きを与えたり、気づきや学びを与えたり、刺激を与えたり、興奮させたり、楽しみややりがいを与えたり。
業界四季報2017を見ていたんですが、173の業界が掲載されていました。これらは全部、人やビジネスに貢献しているわけです。すごい多いと思いませんか。
こんなにいるかな?って思うけどあるわけですよね。それが成熟経済です。
大人になると、
- 誰も自分を助けてくれない
- 自分は一人だ
- 社会は辛く厳しい、人生は辛く厳しい
- 生きていて面白いことがない
- やりがいを感じない
- 生きがいを感じない
- 自分の人生これで良いのかわからない
ということを考えている人は結構多いようです。
孤独に戦っている人は多い。
夜な夜な泣きそうになってる人は多い。
誰にも言えない悩みを抱えている人は多い。
ただ、そうやって内向きに、内向きに、、、、、考え、自分だけの世界に閉じこもっていると見えてこないことは沢山あります。外の世界に目を向けると、同じように悩み、苦しみ、問題を抱えている人たちが腐るほどいるのです。ごまんといるのです。そして、その悩みや問題は多様です。
自分ではなく、他人にスポットライトを当てる。
ちょっとだけ、お節介な人になってみる。ビジネスセンスのある、ちょっとだけお節介な人になってみる。
するとどうでしょう。
チャンスが溢れてるな、って思いませんか。
そして、不幸な人、苦労してきた人、負けてきた人、辛い思いをした人、悔しい思いをした人、痛みがわかる人、悩んできた人ほど、他人のニーズに対する共感性も高くなるのかもしれません。そういう意味で、ビジネスチャンスは広がると思います。
大人になり、友人や知人の祝い事に駆けつける機会があるでしょう。
基本的に、世の中の人は、自分がハッピーな時、楽しい時、明るい時、幸せな時、順調な時は寄ってきてくれます。でも、どん底に落ちると、思った以上に周りからサーーーーッと人が消えることはあるものです。
そもそも人は人の悩み苦しみにあまり触れません、触れたがりません。
お祝いに駆けつける。
楽しい場に集まる。
順調な人・友達同士で噂になっている人に寄ってたかる。
そんなことは「普通」です。そして、それは「友達」「プライベート」という「繋がり方」「接点の持ち方」だと言えるでしょう。
そして、普通の人は、仕事を選ぶ際にも、なんとなくキラキラしていそうなところ、勢いがあるところ、ワイワイしているところに群れるものです。
事業家や投資家の仕事は、別の領域にあります。
何かしらの表現やアイデアを通して、人にサーバントをすることを考えます。
ウンコまみれになっていて、臭くて通れないとみんなが困っているところで、率先して清掃を行い、綺麗になった橋で人々から通行料を取るような生き様を体現するのが事業家や投資家です。普通だったら放置される、困りごと・悩み事・問題に立ち向かって行くのがこういう人種です。そして、資本主義はこういう人種に、金銭的に報うようなシステムになっています。だから、世の中は進展するわけです。もちろん、悪い状態のものを良くするだけではなく、現状それなりにうまくいっているものをより良い形に持っていくのも事業家・投資家の仕事です。
変化だけに携わるのではなく、現状の維持や管理、効率化・最適化といったものももちろん、ビジネスです。
人の悩みは尽きません。人の欲望は進化し続けます。人は常に、楽さ、快適さ、便利さ、美しさ、旨みを追いかけています。この世界にある問題は多種多様であり、次々に新しいものが生まれています。
田中角栄が、「祝い事には遅れても良いが、人の不幸にはいち早く駆けつけろ」みたいなことを言っていたらしいですが、これすごいなぁ、って。
祝い事にだけ駆けつけてるようじゃ一生凡人なのかもね。
私は人の悩み、苦しみ、悲しみ、問題、希望、願望、理想、・・・・に割と敏感です。職業病というのもあるでしょうが、人と話す時、しっかりと相手に関心を寄せて、その人がどういう人で何を考え、どう考え、どう感じ、日頃何に喜怒哀楽し、手こずり、どう生きているのかをリサーチするからです。人と話せば、世の中を観察していれば、非常にたくさんのニーズ・ウォンツがあることに気づきます。
わかったことをもとに、こちらから積極的に企画提案をしていくことだってできるはずです。
そして、人を救う策は、案外、本人の枠のちょっとした外に簡単な解決策が眠っていたりして、それに気づかせてあげるだけでその人の人生が劇的に好転したりするものです。
そもそも、人の人生は、壮大です。
そしてそこには、唯一無二の世界観が広がっています。
私は、「人」というものに、宇宙を感じます。一人の人間は宇宙を持っている。人が他者に強い関心を持つ場合には、その相手から広大な世界を見出し、感銘を受けるプロセスがあるはず。感じる事があるはずです。
オギャッと生まれてから、チーンと死んでしまうまで、みんな、色々な事があります。
マーケットとか、マーケティングとかいう言葉がありますが、結局、最小構成単位は「人」。
そこにあるのは、人生です。
そして人生は基本、だるいし、面倒くさいし、大変だし、難しいものだと思います。そして世の中にはいろんな人間がいます。葛藤の連続、苦難の連続、挫折や失敗、恥、劣等感、そういうものは尽きないのではないでしょうか。
だからこそ、どこかで誰かの役に立てるチャンスがあるかもしれない。
いや、あるでしょう。
自分としては、ほんの些細なことをしてあげただけなのに、相手にめちゃめちゃ喜んでもらえることもあるはず。
人生をどう思うか、どう感じるかは勝手です。人それぞれでしょう。いろんな人生が存在しています。そして、そんな人生があちこちで交錯しています。あちこちで、様々な人生が交わったり離れたりしています。
そういう世界の中で、楽しい時だけ群れてみたり、なんとなくつるんでみたり、一緒に酒呑んでみたり、そういう形で他者と接点を持つような行為の大半が「プライベート」と呼べる世界であるのなら、ちょっと今度は変わった形で他者と関わってみる。
接点の持ち方を変えてみる。
その人がプライベートで処理しきれない事、その人が自力ではどうにもできない事についてサポート・アシストをする。あるいはその人の可能性を掛け算的に伸ばしてあげる、本来なら絶対接点を持たないような相手に対して接点を持ち新しい風を吹き込んであげる、本来ならプライベートで絶対交わる事がないような相手に新しい世界を見せてあげる・・・・・・。
冒頭のマッサージの話に戻りますけど、私はおっさんにマッサージをしてもらったと言いました。これはプライベートでは現実化できないでしょう。お金を払ったからこそできたことです。
プライベートでおっさんにマッサージをしてもらう環境なんてありません。
プライベートで、仲の良い女の子とか、男友達にマッサージしてもらう事があったとしても、プライベートでおっさんにマッサージしてもらう事って無いです。無理です。これはつまり、お金の力が、私とおっさんを結びつけたわけです。どう考えても、プライベートで接点が持てそうな相手ではありませんでした。B to Cという場面が無ければ、きっかけも会話も何も持てないような相手です。こうやって考えると、お金の力って不思議だなぁ、と思わされます。
金が縁を生んでいるんですね。
金の切れ目が縁の切れ目っていう言葉がありますが、あれは悪いようにばかりとられているけれど、全然悪いことばかりではない。縁が切れるって良いことじゃないですか?便利な縁って良くないですか?距離感ある縁も必要じゃないですか?
切れない縁ばかりだったら困りません?田舎の村社会の苦しみであったり、合わない人と働くことだったり、辛い学校生活、親類に厄介な人がいる・・・などを経験した事がある人ならわかるはず。
切れない縁って面倒ですよ。
「絶対別れられない女」「絶対別れられない男」みたいな人と付き合おうと思います?結婚しようと思います?踏み切れます?
お金の利便性とはズバリ、切れる縁を持てるということ。村社会の極みのような田舎と、東京のような都会の極みの両極を体感すれば、なんとなくお金の本質が見えてくるような感じはしてきます。
そう私は思う。
まぁ、切れない縁なんてのは思い込みですけどね。究極的には親子の縁だって切れると思うし、国家との縁だって切れると思います。そういう意味で、自由は常にあると思いますけど。
また、本来なら、自力じゃあどうにもならない範囲のものが自分の範囲として加わるというのが、お金を使うということでもあると思うんです。
本来ならもっと安値で買えるようなものをセレクトショップを介して買った場合、そこにはそのお店やバイヤーのチョイス・セレクトによる付加価値が乗っかっていて、そのお店を介さなければその服と出会わなかった、買いたいと思わなかったかもしれません。
こういうのもまた、価値の一つですよね。
お金を使うというのはいわば、二本しかない自分の腕を五本に増やすとか、24時間しかない自分の1日を48時間に増やすとか、10の知識しかない自分の脳みそを100にするとか、自分では判断がつかなかったことについてサポートをもらうとか、自分では確信が持てなかったことについて後押しや意見をもらうとか、そうやって、自分をどんどん拡充していくことだと言えます。
お金を使うというのは、自分を拡充すること、他力を使うこと、もっと言えば自分が怠けることでもあります。
(楽したい、怠けたい、働きたくない、生産性を上げたい、効率的に生きたい、時間を大切にしたい、不毛な労働から解放されたい、無駄なことしたくない、時短したい、多くのことをやりたい、・・・・ってなら、「お金を使う」事が極めて重要ですね。天才的に怠け上手な人は、借金してガーンと使ってドーンと儲けます。)
逆に言えば、お金を使ってもらうというのは、他者を拡充すること、他者に自分を使ってもらう・踏み台にしてもらうこと、他人を楽させることでもあります。
そーゆー視点があると、少し、また、違ったものが見えてくるようになるかもしれない。
あぁ、でも、若い頃にはわかんなかったんですが、世の中って結構、BtoBが溢れかえっていて、なんだかって言ったらそっちの方がわかりやすかったりするからですね。
BtoBは相手のビジネスの中にある機能を効率化させたり、低コスト化させたり、スリム化させることができればうまくいくという意味で、なんというか、ゴリゴリかつシンプルな感じがします。
逆に、BtoCの場合だと、なんというか、非常に人心の難しさと対峙する世界だったりします。
まぁ、ここまで色々語ってきたんですが、人や世の中に関心を持って、市場の声にならない声を察知できるようになれれば、何か面白い事ができるはずです。もちろん、声になっている声に対応しても良いですけどね、全然。
BtoBだったら面白い仕組みとか技術、知識、アナリティクス、ソリューション、とかの方に軸足が移ると思いますけど。
それから、GDTの法則っていうやつがあるんですけど。
- Goal ・・・ Save time(時間をかけない), Save money(お金をかけない), Save effort(努力しない)
- Desire ・・・ Greed(強欲), Lust(色欲), Comfort(快適)
- Teaser ・・・ Scarcity(希少性), Curiosity(好奇心), Controversy(論争)
こういうのも、人間が何を求めているかを理解するフォーミュラとしては良いですね。ちょっと生々しいですけどね。
深刻度については、OATHの法則。
- Oblivious (忘れがち)
- Apathetic (無関心)
- Thinking (考え中)
- Hurting (痛み中)
とかとか。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。