コンサル案件。人生にも応用できることなのでつらつらと。
将来の幹部候補生Xを、A事業部からB事業部に移すすかについて相談を受けている。現状、XはB事業部の営業力を担う主力人材であり、そのほかの人材はそこそこ。そのほか検討するべきことはいろいろあるけれど。
私の経験から言って、未来はuncertainlyであって、過去はcertainlyであるから、過去のfact,dataベースで未来に関する意思決定をすべき。過去からわかるのは、全てではないけれども過去にあった事実として確かな一次情報。それをベースに未来の一手を打つ。
分析は分析のためにあるのではなく未来の博打のためにある。
その際、未来に関してはoppotunityを積極的に追うこと。というのは、過去の踏襲ばかりをしていると必ず尻すぼみになるから。
私の経験上のイメージでは、
- 現状維持をしようと思って過去と現在のパターン、ルーチンを繰り返す→落下していく
- 未来に向けた前進的なリスクテイクを少ししていく → 現状維持
- 未来に向けた大胆な手を打ってチャレンジしていく → 成長、進化
というのはたしかなものとしてある。
簡単に言うとチャリを漕ぐイメージ、バイクに乗るイメージに近い。前進しないと倒れる。
前提にあるのは、結局、市場が変化しているということだ。変化している中で、変化しないことをし続けていると流れに逆らうから落ちるのは当たり前。
未来に関する前向きな意思決定でリスクを考える必要はない。なぜなら、過去と現在を向き続けた変化しない意思決定でも、水面下で確実にダメージを受けてるから。マイナスやリスクがあるから。
今と過去にしがみついてるだけでもはや落ちてる。
だいたい、世の中は目に見える変化やビックイベントがなくても、毎年数パーセントぐらいで変化していて、だからこそ気がついたら積年で事業環境は変化している。なんなら、インフレとかも考えると確実にあらゆる価値は落ちていくから、なんらかの進化、成長をし続けなければならない。
現状に関して、変化にあたり考慮すべきことは、
変化の手を加えて現状が壊滅的に崩壊しないか?
である。
多くの人がリスクテイクで恐れるのは現状の絶望的な崩壊であるけれども、ここに絶望的な危険を感じないなら積極的に未来リスクをとるべき。
そして、会社も人生も、現状の最低防衛ラインが低いのは強い。
防衛ラインの低さは金がかからないことや現状維持の容易性ではなくて、未来に対してのフットワークの軽さにある。
だからこそ、財務体質というか経営体質が重要なのである。ここで過剰に抱え込みすぎたら確実に未来に対する手を打ちにくくなる。
過剰人員や、結婚のリスク、過剰在庫、固定費異常はここにある。だいたい、無駄に人を増やしすぎたり、結婚したり、車や家やオフィスに過剰に使いすぎたらそこから落下していく人間が多いのはそこにある。
フットワーク重くなる。フッ重になる。
今に変化の手を加えて今が崩壊しない限りは積極的にフューチャーリスクを取って先んじて手を打つべき。
人が全てを司り、結局それは時間とリソースを操ってることになるのだけれど、この『人』がコントロールする事柄の全てにおいて過去、現在に関することは願わくば自動化したい。
銀行が債権を流動化するかのごとく、安定的な会社を売却しちゃう人がいるかのごとく、手放しちゃうことの効用は前に進めること。個人ならこれは断捨離とかになるかな。家に服が多すぎる人とか確実にフッ重で過剰在庫のコストを払ってがんじがらめになっているからね。
この自動化というのは、枠組みを作って後進の誰かにあてても誰にでもできる状態。
全てのビジネスや会社は、属人的なプラスの効果ができた場合には、すべてそれをマニュアルまたは仕組み、マネジメントに落とし込んで属人性を排除したものとして、会社のナレッジに定着させなければならない。
つまり、人間が発案したものは、人間にそのまま抱え込ませるのではなくて、仕組みに落とし込む。そして人間は次の新しい仕組みにシフトする。
現状と過去について、あまりにも時間やリソースをつぎ込みすぎると必ず手一杯になる。つまり、目先のことばかりやると必ず詰まる。緊急度の高いことばかり処理してたら必ず詰まる。現状は20%で良い。未来に80%向けるべき。一時的にはそれだと数字が落ちることもあるけど、トータルそれの方がでかくなる。安定する。続く。
余裕というのは常に先手を打つことで生まれる。
優秀な人材は未来人材であり、凡な人材は現在と過去を取り扱う。
つまり、博打を打たせることに、もっと有能な人材と、時間とリソースを当てるべきであって、このop potunityを追う活動に過剰なリスク忌避の精神は要らないというか、危ない。
これがまあ、5年で8割が消えるとされるビジネスの世界で長生きできてる人間の発想法ですわ、チェキラ★
まず真っ先に考えることは主語なんだけど、次に考えるべきは時制と助動詞なんだぜ。
自分でshould、have to、must設定できない危機感の浅い奴は勝手に死んでいきます。willが無いなら未来は自分のものではなく誰かのものです。流されて生きることになる。
日本語と日本人は主語ぶっこぬいてロケーションから先に考えるから、固定的な環境とか従属的な環境では、個を滅殺して圧倒的オペレーションエクセレンスを発揮できるけど、激変する環境と未来創造はクソ弱い。
未来はComeだと思ってるからね。
僕から言わせたらWillなんで。
先進国の脳みそと後進国の脳みそは違います。
西園寺帝国は先進国でジャパンは後進国です。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。