オレが普通に生きられなくなった理由(2)経験人数が50超えると無理

 

結婚してる男女の8割は、経験人数10人以内で結婚ゴールをしている。

正直、そこがセーフティーなラインだと思う。

 

だいたい、20人を超えてくると、いろんな人とやる楽しさとか快楽が強くなる。セックスエンターテインメントになる。セックススポーツになる。

 

50人を超えてくると、もう思い出せない。誰とやったか思い出せない。スマホとかに、「誰こいつ」というやった相手との記録や痕跡が残っているが、マジで思い出せない。

そこから先は、一人一人への執着みたいなものが希薄になる。

 

100を超えると、一周回って童貞になる。

童貞のような気持ちになる。

理由は単純で、「おぼえてないから」である。おぼえておらず、思い出を特別化しないので、逆に新鮮。目の前の一人一人に丁寧に取り組む。かつ執着しない。すぐ忘れる。

 

性欲とか異性への願望は、ある程度経験を積むと、

もうそろそろ落ち着きかな?

みたいなフェーズがやってきて、それまで通り過ぎると、今度はまた貪欲になる。つまり、落ち着きを越えるラインがあるのである。

 

セックス・ダニング・クルーガーみたいなのがある。

オレめっちゃ経験豊富だぜ、ガツガツだぜ、を通り越して、

「もう遊びは良いかな・・・」

みたいな時期があり、その谷を乗り越えると、無限のセックスプレイヤーの荒野が広がっている。

淡々と数が増えていく。

 

こうなるとおしまいである。

 

 

こんなことを言うとあれだが、8割の男は、性欲に頭を支配されて、乗っ取られた結果、

  • 無意識
  • 自覚的

に下心で女性に優しくしてるか、歓心を買おうとしているだけである。たぶん化学的去勢をしたら、妻帯者は妻を殴るか、冷たくするか、離婚するかだと思う。

厄介なのは、こいつらはチン騎士を自覚しないまま、チン騎士になってたりするだけである。

そもそも、ボッキをおぼえる前に、女子と遊んだことすらないくせに、大人になってそれっぽいことを言っている。

そういう「女サイドの男」をやりたいなら、小学校低学年から女子と群れていた筋金入りのおかまじゃないと嘘である。

あいつらほど、胡散臭い連中はいない。

 

問題は、大抵の男は、

  • 性欲に支配されてること
  • 性経験が少ないがゆえにSEXや女性を希少化・価値認識していること

に自覚がないので、結婚したはいいが、だんだん飽きてきたり性欲減退してきたりすると、割と家庭で不和を起こすのである。

それでも頑張れるのは、結婚を最初からステータスシンボルとして扱っていた「トロフィーワイフ婚」みたいな奴らで、外では社交界に出て仲睦まじい夫婦、成功した家庭を演じながら、家では冷え切ってるみたいな奴らの方が案外うまくいくのである。

つまり、「好き」みたいな気持ちだけでプレイすることほど危ない。

好きで生きる人間は、仕事も結婚もやらかす。あまちゃんである。

 

本物の純度の高い好きを持って仕事・結婚に取り組み、天を貫くやつなんてほぼいない。

ましてやそれで成果を出すのは大谷翔平クラスである。

 

 

 


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。