低学歴は微分積分で人生を判断されている

学校教育の統括は文部科学省。

義務教育がありとあらゆる手を使って仕込むのが入力xで、それに対して義務教育を受ける学生がどう出力・反応するのかがy。

まず最初に第一関門として高校受験がやってくる。日頃の傾きと、変化率がそこで調査される。その時の変化率は、80年の人生の中では微々たるものという意味で微分に近い。第二関門は大学受験。

この2つで、その人間の微分が判断される。

 

その積分としての学歴を見られて、それをワンセットとする。そして、これの数をグワーーーッと集める。だいたい、日本なら各年齢に同級生が100万人いて、過去の日本の歴史の統計データなども考えると、『国家的危機に陥らない限りこの仕組みでいいでしょ』と考える。

募集定員は限られており、そこでランク別に足切りしていく。大まかに企業たちは、統計処理として、多くの学生を処理する。採用コストなどのさまざな観点から。

個別に見ていく価値がある、つまり1人でとんでも無いことを成し遂げるようなやつは、『そもそも正規ルートで会社入ってこねーだろ』『会社の外でなんかやるでしょ。雇っても辞めるんでしょ。』っていう前提もある。

統計上の外れ値をわざわざ捕まえるつもりもない。もし、そんな奴がいたら、各界で勝手に名乗りをあげるから、その際にスポンサーシップとか結べば良いでしょ、スカウトすれば良いでしょ、みたいな考え。こうやって、大学も名誉学位、外部招聘教員、客員教授みたいなものを設けている。

お金待ちのご子息は、金を積めば入れる裏ルート、コネエントリーを用意しておく。

なかなかズルイ仕組み。

 

だいたい、20年のデータがあれば、微分積分でこいつの人生はこうだろうという判断される。せいぜい雇うのは40年程度なので、20年のデータでその先40年は十分わかるという判断がなされている。

 

問題は、『xが何か?』何かということ。一体何の関数なんですかということ。

 

小学校1年生の時に、運動会の練習させられている時に薄々気づきました、僕は。

 

PS

一応、義務教育の中に、音楽、美術、体育などを仕込んでおいて、金を積めば入れる専門学校などを用意することで、何らかの才能を社会が見抜いて引き上げることができるような仕組みになっています。

 

PPS

すなわち、やりたいことがわからない18歳は、急速に自分という人間について関数を炙りださないといけません。何に反応するのか。何に対してだったらビンビン反応するのか。どーゆーシチュエーションで劇的な変化を達成するのか。

そして、人生戦略として何を積分するのか?です。

 

PPPS

低学歴の私はどうやら、ギリギリそれらを16歳ぐらいまでに見つけることができました。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。