年収1000万円を超えると、会社を辞められなくなる。高所得者を縛る「見えない違約金」

深海で働く「飽和潜水士」という仕事があります。

海底油田や海底パイプラインなど、人間が普通には近づけない深さまで潜り、作業する人たちです。

彼らは、仕事が終わったからといって、そのまま海面へ戻ることができません。

急に浮上すると、体内に溶け込んだガスが気泡になり、血管や臓器を傷つけるからです。

深く潜った人ほど、地上へ帰るには長い減圧が必要になります。

つまり、深海で最も危険なのは、潜ることではありません。

「帰ること」です。

これは、年収の高い会社員にもよく似ています。

 

世の中には、海から上がったのに、家に帰れない人がいます。

飽和潜水士は海底油田や海底パイプラインなど、人間が普通には近づけない深さまで潜り、特殊な作業を行います。深海での仕事を終えた潜水士は、船の上まで戻ってきます。しかし、海から出たからといって、そのまま家に帰れるわけではありません。彼らは船内に設置された減圧室へ入り、長い時間をかけて、少しずつ地上の圧力に体を戻していきます。

深海の高い圧力に長時間さらされると、呼吸していたガスが体内へ溶け込みます。その状態で急に地上の圧力へ戻ると、体内に溶けていたガスが気泡となり、血管や組織を傷つけます。

深く潜った人ほど、急には戻れない。

水面が見えても、帰れない。

仕事が終わっても、帰れない。

深海で最も危険なのは、潜ることではありません。

浮上することです。

年収の高い会社員にも、これとよく似た現象が起きます。

一般的には、年収300万円の人より、年収1000万円の人の方が、会社を辞めやすいと考えられています。

お金がある。

能力もある。

転職先も見つかる。

多少働かなくても、しばらくは生活できる。

だから、嫌なら辞めればいい。

しかし、実際には逆のことが起こります。

年収が上がるほど、会社を辞められなくなる。

年収300万円の仕事を失った人は、別の年収300万円の仕事を探せるかもしれません。

 

しかし、年収1000万円の人が会社を辞める場合、探さなければならないのは、単なる仕事ではありません。

現在と同じ給料。

現在と同じ役職。

現在と同じ社会的信用。

現在と同じ生活水準。

現在と同じ将来予測。

それらを同時に満たす、新しい人生です。

年収300万円から300万円への移動より、年収1000万円から1000万円への移動の方が難しい。

上に行くほど、同じ高さにある足場が少なくなるからです。

能力が高くなったから自由になるのではありません。

移動先が少なくなる。

つまり、年収が上がるほど、転職市場における自分の着地点は狭くなります。

これだけなら、まだ単なる転職の問題です。

しかし、高所得者を本当に縛っているのは、給料ではありません。

給料に接続された、目に見えないものです。

役職。

会社名。

社内での評判。

住宅ローン。

家賃。

子どもの教育費。

よく行く店。

付き合う人。

家族からの評価。

そして、「順調に成功してきた自分」という自己像です。

会社を辞めた瞬間に失われるのは、毎月の給料だけではありません。

今後もらえたはずの給料、退職金、昇進可能性、社会的信用、人間関係、生活水準、自尊心まで、一斉に値下がりします。

会社から違約金の請求書が届くわけではありません。

しかし、辞めた瞬間に失うものを合計すると、数千万円、場合によってはそれ以上になる。

これが、高所得者を縛る「見えない違約金」です。

深く潜るほど、体に圧力がかかる。

高く昇るほど、人生に違約金が積み上がる。

だから、本人は会社を辞めたいと思っているのに、体が動かない。

これは意志が弱いからではありません。

計算ができてしまうからです。

失うものの大きさが見えてしまう。

むしろ、頭がいい人ほど辞められません。

何も考えずに飛び出せる人より、将来の損失、家族への影響、キャリアの断絶、再就職の難易度まで想像できる人の方が、足が止まります。

高所得者が会社を辞められないのは、勇気がないからではありません。

深く潜りすぎて、急浮上すると本当に危険だからです。

 

年収300万円の人より、年収1000万円の人の方が、会社を辞めやすい。

普通は、そう考えます。

お金がある。能力もある。転職先も見つかる。多少休んでも生活できる。

ところが、現実には逆のことが起こります。

年収が上がるほど、会社を辞められなくなる。

なぜなら、人間は給料だけを受け取っているのではないからです。

給料と一緒に、生活水準、肩書、信用、所属意識、社内での立場、将来の昇進可能性まで受け取っています。

毎月100万円が振り込まれているように見えて、実際には、その環境でしか使えない通貨も大量に受け取っている。

部長という肩書は、会社の外へ持ち出した瞬間、ただの文字になります。

大企業の社内調整能力も、会社を出れば、誰も同じ値段で買ってくれるとは限りません。

社内では1000万円と評価される能力が、社外でも1000万円とは限らない。

給料は日本円で支払われていますが、自分の価値の一部は、その会社でしか使えないポイントとして貯まっていきます。

勤続年数が長くなり、役職が上がり、年収が増えるほど、そのポイント残高は大きくなる。

だから、会社を辞めるという行為は、単なる転職ではありません。

長年貯めたポイントを、レジの前で全部捨てる行為になります。

これが、高所得者を縛る「見えない違約金」です。

会社から請求書が届くわけではありません。

しかし、辞めた瞬間に失うものを合計すると、その金額は数千万円になることがあります。

現在の給料だけではありません。

今後もらえたはずの給料、退職金、昇進、社会的信用、家族からの評価、「順調な人生を歩んでいる自分」という自己像まで含まれます。

人間は、得られる利益より、失う損失を大きく感じます。

だから年収が上がるほど、自由になるどころか、失うものが増えていく。

深く潜るほど、水圧が強くなるのと同じです。

しかも厄介なのは、高所得者ほど、自分を不自由だと思っていないことです。

タワーマンションに住める。海外旅行にも行ける。高いレストランにも行ける。

選べる商品は増えています。

しかし、選べる人生は減っています。

これは、買い物の選択肢と、人生の選択肢を混同している状態です。

メニューの多いレストランに入ったからといって、店の外へ出る自由が増えたわけではありません。

選べる料理は増えた。

しかし、座っている店は一つです。

高所得者の自由も、これと似ています。

会社から受け取るお金が増えるほど、そのお金で選べる商品は増えます。

一方で、その収入を失う決断は難しくなるため、会社の外にある人生は選びにくくなる。

年収が上がるほど、選択肢が増えているように見えて、選択肢の母集団は狭くなっていくのです。

だから、会社を辞められない自分を、臆病だと思う必要はありません。

あなたの勇気が足りないのではありません。

深く潜りすぎて、急浮上できないだけです。

必要なのは、勢いよく退職届を出すことではない。

減圧です。

会社の外で使える能力を作る。

会社の外に、自分を知っている人を増やす。

会社の外から、小さくてもお金が入る経路を持つ。

会社の看板がなくても説明できる実績を作る。

給料を失ってから選択肢を探すのではなく、給料を受け取りながら選択肢の母集団を広げておく。

すると、会社を辞めるか、辞めないかという二択そのものが消えます。

会社に残りながら、会社への依存度だけを下げることができるからです。

本当の自由とは、会社を辞めている状態ではありません。

「辞めても、辞めなくてもいい」と自分で決められる状態です。

年収1000万円は、自由を意味しません。

会社から1000万円を受け取らなくても、自分の人生を壊さずに済む状態。

こちらの方が、はるかに自由に近い。

高い給料を捨てる必要はありません。

ただし、その給料を生活水準の上昇だけに使っていると、毎月の入金と引き換えに、見えない水圧が上がっていきます。

給料の一部は、会社の外に意思決定権を作るために使うべきです。

深海から帰る人は、勇気で浮上しません。

時間をかけて、自分の体を地上へ戻していきます。

人生も同じです。

会社を辞めるのは、最後です。

最初にやるべきことは、会社の外でも呼吸できる体を作ることなのです。

 

 

売上の100%を一社に依存する会社

ここで、少し別の話をします。

ある会社の売上が、年間1000万円だったとします。

しかし、その売上の100%が、一社の取引先から発生している。

この会社を見た銀行員や投資家は、どう評価するでしょうか。

「安定した優良企業ですね」とは言いません。

取引先集中リスクが高すぎる。

その一社に契約を切られた瞬間、売上がゼロになるからです。

年間1000万円の売上があっても、顧客が一社しかいなければ、事業としては非常に不安定です。

ところが、会社員になると、同じ構造が突然「安定」と呼ばれます。

自分の労働時間を一社へ売る。

自分の能力を一社へ売る。

自分の信用を一社へ預ける。

収入の100%を、その一社から受け取る。

法人なら危険と判断される構造を、個人になると「安定した雇用」と呼ぶ。

不思議な話です。

もちろん、大企業が明日突然消える可能性は低いでしょう。

しかし、会社そのものが消えなくても、自分の部署が消えることはあります。

上司が変わる。

評価制度が変わる。

役職定年になる。

転勤になる。

合併される。

担当事業が売却される。

病気になる。

親の介護が始まる。

自分だけが、その会社へ能力を売れなくなる可能性はいくらでもあります。

問題は、会社が安全か危険かではありません。

自分の人生の買い手が、一社しかいないことです。

年収1000万円という数字を見ると、1000万円分の経済力が自分にあるように感じます。

しかし実際には、「その会社が、その条件で、その仕事を続ける限り、年間1000万円で買ってくれる」という契約にすぎません。

自分が1000万円の資産になったわけではない。

一社の顧客が、現在1000万円で仕入れているだけです。

買い手が一人しかいない商品に、本当の市場価格はありません。

給料は日本円だけで支払われていない

会社員が受け取る報酬には、二種類あります。

一つは、銀行口座へ振り込まれる日本円です。

もう一つは、その会社の中でしか使えないポイントです。

部長という肩書。

社内で誰に頼めば話が通るかという知識。

上司や役員との関係。

その会社独自の会議、稟議、予算、人事を動かす能力。

長年の勤務によって獲得した信用。

これらは、会社の中では大きな価値を持ちます。

しかし、会社の外へ出た瞬間、価値が下がることがあります。

航空会社のマイルを100万マイル持っていても、八百屋で大根を買うことはできません。

残高は大きい。

しかし、使える場所が限定されている。

社内キャリアも同じです。

長く働くほど、残高は増えていきます。

ただし、その一部は会社の外で換金できません。

だから年収が上がるほど、自分の市場価値も上がったと思っていたのに、いざ会社を出ようとすると、思ったほど換金できない。

この瞬間に、人は気づきます。

自分は資産を作っていたのではない。

一つの経済圏の中で、ポイントを貯めていたのだと。

会社の中で優秀な人と、会社の外でも価値を作れる人は、同じではありません。

会社の中では、社内のルールへ深く適応した人が評価されます。

しかし、会社の外では、別のルールで価値を証明しなければなりません。

社内での成功が大きい人ほど、社外へ出た時の落差も大きくなる。

高所得者を縛っているのは、現在の給料だけではありません。

これまで貯めたポイントを失う恐怖です。

選べる商品は増えた。しかし、選べる人生は減った

年収が上がると、選べるものが増えます。

住む場所を選べる。

車を選べる。

ホテルを選べる。

レストランを選べる。

服を選べる。

旅行先を選べる。

だから、人は自由になったと感じます。

しかし、ここには一つの錯覚があります。

選べる商品が増えることと、選べる人生が増えることは違います。

メニューが100種類あるレストランに入れば、料理は自由に選べます。

しかし、その店の外へ出られないのであれば、それは本当に自由でしょうか。

牛肉にするか。

魚にするか。

ワインを飲むか。

デザートを付けるか。

細かい選択肢はたくさんある。

しかし、「この店で食事をする」という大きな条件は固定されています。

高所得会社員の自由も、これに似ています。

会社から受け取るお金が増えるほど、会社の中で選べる商品は増える。

しかし、そのお金を失う決断は難しくなるため、会社の外にある人生は選びにくくなる。

選択肢は増えているように見えます。

しかし、増えているのは、固定された人生の内部にある選択肢です。

人生そのものの選択肢ではありません。

年収300万円の頃には、地方へ移住する、全く別の仕事を始める、海外へ行く、小さな商売を始めるといった選択肢を想像できた。

ところが年収1000万円になると、そのような選択肢は「割に合わないもの」に見えてきます。

失う年収が大きいからです。

こうして、年収が上がるほど、人生の選択肢の母集団が狭くなっていきます。

高い給料は、自由を買うお金であると同時に、現在の人生から動かないために支払われるお金でもあります。

会社があなたを高く評価している。

それは喜ばしいことです。

しかし、別の角度から見ると、会社があなたの退出価格を引き上げているとも言えます。

給料が上がるたびに、辞める理由より、辞めない理由が増えていく。

昇進するたびに、会社の外へ出る扉が重くなる。

成功するほど、成功した場所から動けなくなる。

これが、高所得者が感じる不自由の正体です。

本当に欲しかったのは、高い給料だったのか

多くの人が高い年収を求めるのは、お金そのものが欲しいからではありません。

嫌な仕事を断りたい。

住む場所を選びたい。

付き合う人を選びたい。

時間の使い方を選びたい。

自分の人生を、自分で決めたい。

つまり、高い給料を求めた本来の目的は、意思決定権を手に入れることだったはずです。

ところが、年収を上げる過程で、意思決定権を会社へ集中させてしまうことがあります。

高い給料を得るために、長時間働く。

高い給料を維持するために、異動を受け入れる。

役職を維持するために、社内政治へ適応する。

住宅ローンを払うために、会社を辞められなくなる。

自由を買うために稼いでいたはずなのに、稼ぐために自由を差し出している。

目的と手段が、いつの間にか反転しています。

しかし、本人は成功しているため、この反転に気づきにくい。

苦しいのに、周囲からは羨ましがられる。

辞めたいのに、「そんな良い会社を辞めるなんてもったいない」と言われる。

給料が低ければ不満を口にできます。

給料が高いと、不満を口にする資格まで失ったように感じます。

だから、高所得者の不自由は見えません。

本人も説明できない。

お金はある。

仕事もできる。

社会的にも評価されている。

それなのに、なぜか人生を自分で動かしている感じがしない。

この違和感は、贅沢でも甘えでもありません。

手に入れたかったものと、実際に手に入れたものが違うからです。

欲しかったのは高い給料ではない。

高い給料によって得られるはずだった、人生の意思決定権です。

会社を辞める前に、減圧を始める

では、会社を辞めれば自由になるのでしょうか。

そう単純ではありません。

深海から急に浮上すると危険なのと同じように、会社への依存度が高い状態で、勢いだけで退職すると、生活も精神も壊れる可能性があります。

必要なのは、勇気ではありません。

減圧です。

まず、会社の外で使える能力を作る。

社内でしか通じない抽象的な職種名ではなく、自分が扱える市場、商品、システム、顧客、業務を固有名詞で説明できるようにする。

次に、会社の外に、自分を知っている人を増やす。

会社の名刺がなくても、自分の考えや能力を評価してくれる人との接点を持つ。

さらに、金額は小さくても、会社以外からお金が入る経路を作る。

月に100万円でなくてもいい。

最初に必要なのは、金額ではありません。

「自分の人生の買い手は、この会社だけではない」という事実です。

一円でも会社外から売上が発生すれば、収入の構造が変わります。

売上の100%を一社へ依存していた状態から、99%へ変わる。

金額としては小さくても、構造としては大きな変化です。

選択肢は、退職した瞬間に生まれるのではありません。

退職する前に作っておくものです。

会社を辞めるか、辞めないかという二択で考えている限り、会社が人生の中心に居座り続けます。

辞める人生も、辞めない人生も、どちらも会社を基準に決めているからです。

本当の自由は、会社を辞めている状態ではありません。

会社に残ってもいい。

辞めてもいい。

休んでもいい。

別の仕事をしてもいい。

自分で商売をしてもいい。

どの選択をしても、人生が壊れない。

その状態が自由です。

会社を辞めることが目的ではありません。

会社だけに握られている意思決定権を、少しずつ自分の側へ移していく。

それが目的です。

年収1000万円を捨てる必要はありません。

むしろ、その給料を使って、会社の外に選択肢を作ればいい。

生活水準を上げ、見えない違約金を増やすために使うのではない。

社外で使える能力、信用、顧客、収入経路、時間を作るために使う。

高い給料を、水圧ではなく減圧装置へ変えるのです。

深海から帰る人は、勇気で浮上しません。

少しずつ圧力を下げ、地上で呼吸できる体へ戻していきます。

人生も同じです。

退職届を書くのは最後です。

最初にやるべきことは、会社の外でも呼吸できる体を作ることです。

会社を辞めたいのに辞められないなら、自分を責める必要はありません。

あなたは弱いのではない。

深く潜り、それだけ強い水圧の中で仕事をしてきたのです。

ただし、深く潜ったままでは、地上の人生を選ぶことはできません。

今日から少しずつ、減圧を始めてください。

会社の外に、自分の能力を一つ置く。

会社の外に、自分を知る人を一人増やす。

会社の外から、一円を受け取る。

その小さな移動が、失われていた人生の意思決定権を、自分の側へ戻していきます。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。