憲法改正について

安倍さんが芦部信喜を知らないのは有名な話。まあ、知らなくても良いとは思うけど。私は学生時代の頃熱心に読んでたなぁ、これ。法学部じゃないけど、法学部は全員読んでるんじゃない。

確かに法学論的に見れば安倍政権の動きはかなり危険。

9条が空洞化どうこうってよりも、日本の中にあるのは昔の日本史に対するアレルギーで、戦後政府に「憲法改正させた」という既成事実を作らせないことであり、そこに固執している国民が多いのだと思う。そもそも憲法という知恵が、権力者の暴走を止めるという趣旨のもので、極論、条文の端々の言葉遊びはどうでも良いのだと思う。まぁ、9条は「言葉遊び」の次元に止まらないほど実態が乖離しているのだけれど、結局アメリカが原案持ちかけて、アメリカの要請でまた戦力が事実上肥大していったのだから、アメリカ法案でもある。でも、政府に一般日本国民が傷つけられて信用を失った以上、アメリカの思惑と庶民の思惑が一致した。以降、過去の反省の代名詞が憲法。憲法はある種、戦後日本のコンセンサスで、「違憲」という大きな認識によって日本人が団結するのも明らか。建前上は、権力を止めるというもの。権力に歯止めをかけられているのかが本質なのだと思う。つまりまぁ、日本の政治家には信用がない。非正規雇用関連の法案も、最初はすごーくマイルドな切り口だったけど、どんどん拡大していったからね。これは政治技術の基本。小さく穴を開けて、どんどん大きくするってやつ。

法曹サイド・学者サイドが正しいとは思わない。所詮憲法は原案マッカーサーだし、法律もまぁ、官僚が作ってるのってのが実際のところで、裁判やっても法曹三者のうち、裁判官・検察官サイドは公務員。

争点は憲法改正って言われても、その憲法をめぐる思惑が複雑に交錯しているのだから、全然争点をクリアにできてない。この争点をクリアにできて、多くの層からコンセンサスを取れないと票は集まらない。でも自民党は、「投票率が下がれば組織票で勝てる」というのが選挙対策の伝統的なストラテジーで、要するに投票率が低いと助かる。組織票で勝てると思ってる。あとは、内々の論理と伝統的な政権与党経験、組織力、組織的ノウハウ、そういうもので日本を経営していけると思っている。実際、自民党政権下で今の日本のシステムがゴッソリ作られてしまっているからね。仮に上を据えかえても、システム全体をリニューアルするにはシステムショックが起こり、これが国民の目には「政治の失敗」に映るわけで。

だから難しいわけだ。

憲法改正が悲願なのは、戦後の日本の歴史を知らないといけないわけじゃん。

国家主権を回復するためには「今は主権がない」という事実を認めるところから始めるしかない。病気を治すには、しっかりと病識を持つ必要があるのと同じです。「日本は主権国家であり、すべての政策を自己決定している」という妄想からまず覚める必要がある。
戦後70年、日本の国家戦略は「対米従属を通じての対米自立」というものでした。これは敗戦国、被占領国としては必至の選択でした。ことの良否をあげつらっても始まらない。それしか生きる道がなかったのです。
でも、対米従属はあくまで一時的な迂回であって、最終目標は対米自立であるということは統治にかかわる全員が了解していた。「面従腹背」を演じていたのです。
けれども、70年にわたって「一時的迂回としての対米従属」を続けてるうちに、「対米従属技術に長けた人間たち」だけがエリート層を形成するようになってしまった。

吉田茂以来、歴代の自民党政権は「短期的な対米従属」と「長期的な対米自立」という二つの政策目標を同時に追求していました。
そして、短期的対米従属という「一時の方便」はたしかに効果的だった。
敗戦後6年間、徹底的に対米従属をしたこと見返りに、1951年に日本はサンフランシスコ講和条約で国際法上の主権を回復しました。その後さらに20年間アメリカの世界戦略を支持し続けた結果、1972年には沖縄の施政権が返還されました。
少なくともこの時期までは、対米従属には主権の(部分的)回復、国土の(部分的)返還という「見返り」がたしかに与えられた。その限りでは「対米従属を通じての対米自立」という戦略は実効的だったのです。
ところが、それ以降の対米従属はまったく日本に実利をもたらしませんでした。

http://blog.tatsuru.com/2015/06/22_1436.html

じゃあ、かといって対米独立したらどうなるのか、ってそれはもう日本史・世界史が証明した通り痛い目を見るというところで。というかそもそも日本が独立国としてやっていける力が元からあったのかって凄い微妙なところで。歴代政権で対米独立路線は短期で失脚してるわけで。

日本の政治家が難しいのは、国民サイドを納得させないといけないこともそうだけれど、自身が大国じゃなくてよそに大国がある以上、そこをどう納得させるか、そして外国の人間に「バレずに」と言ったらあれだけども、いかに権謀術策が渦巻いている世界の中で日本国を持ち上げるか。政治家サイド・自民党サイドからすると、ある程度、「日本のために日本国民を騙す必要もある」ってこと。だって、アメリカの目もあるわけだからね。

とりあえず、安倍と麻生の思想はどこから来てるんだろうと思ったら、自分たちの身内、祖父とかから来てる部分が強いんだよ。彼らにとっての愛国心は、ある意味、国を背負っていた家族に対する愛に近いものがあるとわかる。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。