簿記の本質

簿記の本質は座学やってたり、経理職員として働いているうちはわからない。自分の事業を持って、財務諸表を持つと一発でこのシステムの恐ろしさに気付く。多分、世の奥さんが複式簿記を習得した瞬間に、旦那は逃げ道を失うことだろう。

収支というエアーの概念に、日付がリンクされて、財産目録と連動され、期間損益計算と、定点での指標比較されたらほとんど逃げ道はない。

だから、俺みたいな会計マスター・経営マスターは簿外資産として「自己投資」「リスト」と言うのだけれど。オフバランスさせたものが無いなら21世紀の経営では厳しそう。そのうちブログとリストに固定資産税かける奴が出てきそうだな。ま、ステップメールシステムとかを配信してる会社とかは経営側のことをわかってて、リスト数に応じて追加料金請求してくるあこぎな会社もあるけれど。

 

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マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる





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お仕事は、無職です。
「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。


Lose Yourself , Change Yourself.
(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)





「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」

(組織と他人に縛られるのが大嫌いな人)


"強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。"

"世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。"

"悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清濁併せ吞み、仮面を被った「良貨」であり続けるのみ。"

説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-20、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。