親に虐待されたわけでもなく、それなりに育ててもらって感謝もしてるが、もう会いたくもないし話したくもない、この感情が辛いね
なんだろうな
どうせ会ったところで、変わらないんだよね
親子だから、まあ、すぐ調子に乗るというか、なんというか
親は現実逃避したいわけやん
自分の家庭はうまくいった、子育てはうまくいった、子どもからそれなりに評価されてるはず、と
実際、そんな成功した家庭じゃないからこそ、悲観的な母は過剰にノイローゼになり、思い込みの激しい父は現実逃避的にあたかもうまくいってるかのように捉えたがる
内実はもちろん、形式的にも崩壊した
だが、そこをなんとかしようとしたつもりでいるのが両親
当然、その渦中にいた子どもだった私も、それなりに演技的に迎合した
まあ、どこの子供もそう
親の顔色を伺う
そして、両親はその色眼鏡、ビリーフでこちらを捉える
自己確認する
その材料になるのがしんどい
決別して、疎遠になり、人生で親の影響ゼロの期間を増やしていく
そうすることで、自分の人生は自分のものだ、という、責任を増やすことで、良くも悪くも自責の人生になっていく
いや、本当は親の影響ってデカいから、それでも限度があるのだけれど
それを志向するほど、もう親とは決別の路線になる
ところが、それであるほど、親はそれを認められない
逆に振れてしまう
とことんドライになって、
所詮感情だって、
お気持ちだって、
お互い不完全な人間だって、
そういう割り切りのもとに、
ただただ事務的にやりとりすれば、
それはそれで良いのかもしれない。
ただ業務連絡のように。
しかしそれが難しい対象だから、こうも葛藤するのだ。してしまうのだ。はっきり言えば、親なんてものはPTSDみたいなもんなのだ。
トラウマである。
いや、それが大袈裟だとしても、日常に余計な感情ノイズや思考ノイズが入る。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



