森岡毅の確率思考の戦略論に騙される無知・無学・無教養な本邦の一般大衆たち(1)

私は、あの青い本がペテンなのは、彼が大衆化する前からわかっていた。2010年代の早い段階からだ。

 

ここで、私が普段読んでいるような本を一部お見せしよう。この図は、理系ならば見覚えがあると思う。

空間競争モデリングにおいて、ある一定の条件を満たすのであれば、マーケットの最大票を取るための行動として、全体に寄せるという行動は正しい。しかし、これは条件が崩れると崩壊する。

もう少し発展的なことを言うと、マーケットの競争が激しく、供給が多く、プレイヤーがひしめきあっていて、選択条件が複合化している中においては、大量集客を狙って最大公約数的なポジションを取ると失敗する。それはリピーターがどうとかそういう話ではなく、取れる客数ポテンシャルの観点から普通に失敗する。これは簡単にモデリングできる。

 

そもそもクラシカルでオーセンティックなマーケティングの要請はそこにる。マーケティングなるものが生まれてきた経緯だ。私のように、ドラッカー、コトラー、ジーマン、オグルヴィ、ワンダーマンらクラシックから薫陶を受けつつ、数理的教養と、全てのデータをトラッキングできる環境での実務経験があれば、直感的に怪しいものはすぐ怪しいとわかる。

仮に、以上のような素養、素質がなくても、『ある程度ビジネス界隈で立ち位置を築いていれば』、USJ再建に2000年代から関与していたゴールドマンサックスの友人知人や、USJ本体の人間からヒアリングするなりして真実を知れたはずだ。つまり、この手のトンデモを持ち上げるということは、『株で利殖してることの公表が社会的地位が低いことを示しているのと同じで(官僚、コンサル、商社、外銀はインサイダー関係の事情で株取引できないことがある)』、思わぬ低位シグナリングをしていることになる。

こういうことも、わかる人はわかるため、良かれと思って喋ったり行動してることが裏目に出てる人間は多くいる。オピニオンリーダーぶったり、アーリーアダプターぶりたい人間ほど墓穴を掘るが。

 

森岡の確率思考の戦略論で言及されているものは、元ネタがあって、シャープやエレンバーグ系の研究であるが、マーケティングに限らず経営系の研究はお粗末なものが多く、ノーベル経済学賞が経営学賞でないことや、ノーベル経済学賞にかすりもしないような研究だらけなのはわかる人にはわかる。しかし、それがわからない人たちが、絡め取られてしまった。

あの手の研究はビジョナリーカンパニー、エクセレントカンパニーと大差がない。要するにトンデモ本である。

 

実際、国立大の理系出身で森岡ファンなどいなかったと思う。結局踊らされたのは白痴な早慶以下文系の民であり、何なら推薦文を書いてた人間もそうではなかっただろうか。

 

そもそも、大量集客によって繁盛させる、という直感的に見ると王道に見える路線は、商売をやったことがない・やる前の人間が考えやすい路線である。つまり典型的な起業素人の発想である。たしかに、統計データを後ろ向きに見れば、ゴリゴリの成功企業たちが『シェアや客数を拡大したことによって、飛躍した』かのように見える。またDJ法則(ダブルジョパディ)により、結局は大量集客をかけた企業がリピートも獲得するのだ、と考えたり、ロイヤリティなど幻想なのだと思うのかも知れない。だがこれらも展開的な素人発想である。

反論はいくつも思いつくが、まずわかりやすい例からいってみよう。

みんなの口座でわかる、医者経営者以外は、結婚しても、まあ、人生知れてる感

人々の経済状況はかなりバラツキが存在する。100円単位の生活必需品を無競争に近い市場ならまだしも、経済状況のバラつきを知るものなら『頭数主義』がかなり危ないことがわかる。

そもそも本邦は1970年代から物余りフェーズに入っているのであって、広く訴求して売れるものはなかなかない。

また、DJ法則自体、解釈をいろいろ間違えている。これは、まず、DJ法則を連呼するシャープの研究がおかしい。シャープの研究をよく見て欲しい。論文を読め。英語がわからないなら勉強しろ。あの論文は数字のカウントの仕方、定義がおかしい。そもそも計測の仕方がある期間における購入回数1をベースとして、コレに対する複数回購入の比を見ているが、そもそもベースとしている数字がおかしい。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。