スタートが負けている、出遅れている、そんな人間は、仮に普通の人生を送っても、報われるのは次世代から。つまり、親のツケを払うように普通の人生を送り、その恩恵を受けるのは次の世代から。
本人は人柱だね。
それでも素敵な異性と出会えて素敵な家庭が形成できたら良いだろう。ところが、それが難しいということ。2重の意味で。つまり、そういう人と出会えて結ばれるかどうか、さらに続くかどうか。
離婚確率自体が実績で1/3控えてるからね。それに「出会い・ご縁」を掛け合わせることになる。
めちゃくちゃ難しい。
実際、
普通の人生を送ろうとした
はずの、公務員や銀行員が、結局、そういう相手との縁がなく、仕事がつまらず、人生が腐ってるケースを何ケースも見た。「何のために生きてるのだ」という状態。実際、恋愛ゲーム自体は大学生までに決まっている。大学までに予約が決まっている。
東京大学では、「秋までに彼氏ができなければずっとできない」という風潮があるらしいが、それを越すと社会人になってもできない。というか、質が悪い。
さて。
スタートが出遅れると、そもそも、普通になることすら、難しく、コストも高いし、報われない。
それやってどうなるの?
となる。
次世代のためにもならない。
自分のためにもならない。
だからこそ、普通になるする気すら失せる。
こうやって弱者スパイラルに入って、血が途絶えるのが悪いところなのだけれど、仕方がない。
例えば、両親がそれなりに普通であれば、その両親から追い風を受けて、自分も普通になろうと思う。それに対して、メリットもある。そうやって普通の人生が待っている。
ところが、出遅れている、スタートが悪いと、そのメリットがない。
だから、
一発博打をして、当ててやろう、となりやすい。
どうせ終わった人生なのだから。
どうせ最初から負け組なのだから。
何もないのだから。
そういう発想が昔の私にはあった。確実にあった。
どうせ、
いずれ死ぬか、
終身刑のような人生を送って死ぬのだ。
だったら、大勝負した方が犬死にしないのでは。
そういう感覚があった。
私が一度、
田舎で世捨て人のように暮らしてみようか
と考えていた頃、田舎で賃貸物件探しをしているとき、私と出身が似通っている30代前半の人が物件を案内してくれた。
その時、その人を見て、恐怖を覚えた。
全身からやる気、覇気が感じられず、人生を諦めている。
そして当人も薄給で働いている。
当然、独身だ。
実家、地元も捨ててきたのだろう。
元々オワコンなスタートを、なんとかしようと切り離して、結局は見窄らしく生きている。
なんか、ゾッとした。
一歩間違えたら、こうなるかもしれない。
彼らに足りないもの。
それは、明らかに、挑戦だと思った。
もちろん、この程度の人たちですら、地元を離れて、どこか遠くで働く程度の挑戦はできている。
一人で暮らせている。
だから、実家暮らしとか、実家ニートはそれ以下。
さらにもっともっと、リスクを張った勝負、大きな勝負が必要だ。
こういう連中がやらないこと、できないことを。
もっと大きな次元で。
未来を見据えてより早く着手し、
より早く実行をし、
さらに圧倒的な量をやる。
何が正解かわからない中で、量をこなすことだけはできる。
それをやれば、不安は払拭できる。
自信にはなる。
おもえば、
- こうなりたくない
- こんな未来は嫌だ
- こんな人生は嫌だ
みたいな、忌避や恐怖で出来てきた人生なのだと思う。
結局、
そのままいけば碌でもない人生
というベースありきのリスクテイクだけれど、それ以上に、何か、
「普通」
「普通以下」
みたいな人生の前例に怖いもの、恐ろしいものが多すぎた。
===
![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



