思考のための思考はゴミである。一才の思考は、思考そのもののためには役に立たない。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 退廃的なサインを教えよう。客観性の喪失。細かい技巧に溺れること。そして、思考のための思考に走ることだ。生産性を失っているときはわかりやすい。また、才能のない人間は、その行為のプロセスではなく、その向こう側として得られるものばかりに意識が向いている。純粋さがないのだ。純粋にプロセスに取り組めることが才能なのだ。 なぜ「TOEIC高得点でも英語が話せない人」や「受験数学で高得点なのに数学 (さらに…)
YouTuberは、才能のゴミクズであり、現代人は愚かであるが、インスタ同様にyoutubeもまた爺婆のメディアとなりつつある。すでに古いのだ。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 あまり才能がないものや、ジェネリックなものを見させられてかわいそうだと思う。 ほとんどの人間はバカである。そのバカのレスポンスに一喜一憂しなければならない。おまけに再生数を稼がなければならない。大衆の衆目に晒されている。偉大なものはそのような環境から生まれない。偉大なものはもっと純粋な気持ちから生まれてくる。一見中途半端な文化が大衆の間に生まれているが、それはものを生み出す才能にとっては有害である (さらに…)
決断は好き嫌いで決めても良い。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 合理的にやろうとしても決められないんだったら、好き嫌いで決めても良い。 つまり、合理的な精査・判断をやりつつ、それでもあえて、「好き」を取るということ。わかってる上で、選ぶということ。 つまり 「それは正解なのはわかってるけど・・・」 で選ぶということ。 それはきっと、自分の中で相当、”そうしたい”と思うことである。 合理的に検討するからこそ、そ (さらに…)
「相手のためを思った本音の提案で怒らせる」が役員との付き合い方のコツ つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 ビジネスの世界では、どうしても、微妙な空気が流れて、距離が空いたまま。それを埋めるのは、相手のためを思った本音の提案。図星であるほど、相手を怒らせることになるが、それについて、しっかりと腹を割って説明して、わかり合えたら絆は深まる。あるいは、その時はわかってもらえなくても、後からわかってもらえることも多い。 そういう、刺すようなことが言えるかどうか。 もちろん、非礼を詫びる、相手の話に傾聴を示すな (さらに…)
結婚=国家資格説の提唱 つぶやき、ライフスタイル、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 結婚=国家資格説の提唱 西園寺帝国大学 西園寺貴文 既婚者とは、国家資格者である。 結婚を国家資格と捉えると、全てがスムーズにいく。 結婚をするというのは、国家資格を手に入れることである。身分を手に入れることである。そう再定義して、結婚というものを捉え直してみたい。 序論 結婚とは多義的な概念である。制度なのか、愛のロイヤリティ (さらに…)
夏目漱石は、英語エリートとして留学し、通用せず帰ってきて、日本語で飯を食うようになったのがマジで面白い。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 夏目漱石は英語でボロボロだったので、帰ってきて日本語で食うようになりベストセラー連発。 これが最高に面白い。 留学先でうまくいかずに病んでるのも面白い。 コンプレックスだらけだったのも面白い。 もうだめだ というくらい追い詰められた方が才能が見つかるぜよ。 だから、 お前に才能はない と教えてあげることが、どれだけ、神々しいことか。 俺も、早 (さらに…)
「当たり前の怖さ」とは、親を親と思わずに”他人”と思えば死ぬほど感謝できること。つまり、親という期待値が入る瞬間、人は感謝できなくなる。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 価値ってのは、期待値なんだよな。 当たり前のハードルなんだよな。 当たり前の水準が上がると、人は、相当なギブを受けても、感謝できなくなるのよ。 親に対しても、 他人 と思えば、凄まじく感謝できるでしょう。 期待値が大事。 変な期待値が入ると、人は何にも感謝できなくなる。当たり前がバグると終わる。 毎日明日がないと思え。 毎日、「これは続かない (さらに…)
「親の期待に応える」を優先した人間の末路は、「親を恨む」「人生を後悔する」 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 親の期待なんて無視だね! 大抵の親なんてそもそも、子供に 産んでごめんなさい と損害賠償を払うべき! 人生がどれだけ、親に決められてることか! 遺伝子と生まれ落ちた国・場所で! にも関わらず進路介入なんて、 殺すぞテメェ ぐらいの勢い! 俺なんて、今の道を進むにあたり、親と発生した摩擦の結果、 疎遠になる という選択を取りましたからね!! 親が金持ちで遺産相続とか事業承 (さらに…)
自分を追い越すような後進・後輩・配下の人間に、嫉妬しない。邪魔しない。 つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 自分を後ろから追い抜いていく人の邪魔をしない。ろくなことにならない。 それよりも、その邪魔をしないことだ。 むしろサポートをする。 そうすると、その人から便宜が返ってくるかもしれない。 でも、その人の邪魔をすれば、それはない。 必ず、仕事をやってれば、年下や後進に抜かれる時があるだろう。その時はどうぞどうぞで抜いてもらう。そして、嫉妬しない。邪魔しないでおこう。 飛び抜 (さらに…)
人が人を軽蔑するとき、(1)とことんナメる・バカにする か、 (2)極端に丁寧になる 傾向がある つぶやき、西園寺貴文の痺れる哲学西園寺 貴文 極端に丁寧に接されてる時は、軽蔑されるか、距離を置かれるか、警戒されるか、かもしれない。 特に、年下、あるいは年上から、過剰に丁寧に接してもらうことは、その危険性もある。 職場での絡みについて、そこそこフランクな絡みを嫌がる人もいるが、超丁寧・綺麗な接し方は地雷と思われている可能性もあるよ。 === @西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの (さらに…)