会社員って洗脳されてるってお前がなってどっちやろ

世の中マジでゾッとするのは、いわゆる普通とか、マジョリティってのが『洗脳されてる』ってことに、自分はハッキリと気付いてしまったときのあのホラー感。会社員ブロガーとかの文章を読んだら戦慄が走るんやけど、当然この洗脳の触手は学生にも及ぶわけじゃないですか。学生時代から、●●祭とかイベントの類を『寒いぜ』って思い、リア充に距離を置き、メインストリームにNOを突きつけ、自己啓発の類にどハマりしてる人を、かなり蔑視していた私は、世の中を斜に構えて見ていたのだと思う。で、歳とってそーゆーパンクでロックな部分って弱っていくんだけれども、それでも会社員の発言とか文章読んだら嘔吐しそうな拒否感を感じる。違和感感じないのは強いて言うなら外資系だけ。

でも結局、人間って、洗脳されんと生きていけないんだと思う。何が正しくて何が間違いかの根幹の部分は出自で引き継いじゃってたりするしね。どこに所属するかの話でしか無いんだと思う。何かに依って立つもんやろう、人間て。今なら先輩経営者のアドバイスの意味がわかる。好きな人を見つけてその人のために自分の身を削れ、それができないのならリスク背負え、ってゆーアドバイスの意味がわかるんよ。黙って頭を垂れる先とか尽くす先を見つけきれんのやったら、自分でリスク背負って試すしかないじゃん。我があるなら、我で生きろよって。

その両方もできんくて、ひたすら愚痴と批評しかできんのやったら、ただのクズ、ニートじゃん。ユーチューバーにすらなれんやろ?ユーチューバーの方がはるかに格上。人に楯突くのはいいけどその威勢の良さが度胸に転化されてないのはただのガキやん。そもそも大した借金もせんでいいのに、ひよってた昔の自分にはビンタしてやりたいよね。

自分とは思いっきり真逆の人生を歩み学校の先生なった女の子に言われたのが割と一番、胸に刺さってるかもしれない。

『自分を大切にするのをやめる。仕事にやりがいとか求め過ぎてる人、幻想抱き過ぎてる人って自分が好き過ぎる。』

このコンセプトはかなりジャパニーズスタイルだと思ったけど、気持ちいいくらいに自分の真逆をいってて快感だった。

そう、自分を手放せばいろんなことがガラッと変わるんだ。

常に常備薬として持っておきたい。自分の才能の限界に気付いたら使う非常薬。希望とか絶望とかそーゆー話はまず大前提に自分自身への自分なりの値付けがあることを忘れちゃいけない。そして、自分への値付けを間違えていると人生全般苦労するやろって。

すなわち自己啓発とか資格の類は、自分をかなり大事にしてる人間が好きな世界で、その真逆には自分を手放し共同体感覚を持って生きる世界があるってことだ。自分が自分の人生の主人公であることをやめたら確かにとことん生きやすくなるんだと思う。希望とか絶望とかそーゆー議論の前に、自分の人生について割と執着せんくなったらどれでもええやんっていう。

でも、そーやって我を捨てたら何が楽しいん?

周りからの感謝の言葉?

周りからの頼りにしてるよの言葉?

周りからの褒め言葉?

 

ま、こーゆーのは一回、振り切ってみればいいんやって。右にも振り切って、左にも振り切って、そしたら本質見えてくるし、落とし所見つかるかもしらんしな。

たぶん、振り切らんから後悔するんでしょ?


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。