30代で友達がいないのは普通?――東京には人が多すぎるのに、休日に会う人がいなくなる理由
土曜日の14時くらいに新宿へ行くと、人間が余っています。
東口から出る。人がいる。紀伊國屋へ行く。人がいる。ルミネへ行く。人がいる。スタバは満席。ラーメン屋にも並んでいる。
なのにスマホを開くと、今日会う人はいない。
これはなかなか変な状態です。
砂漠で水がないなら分かる。でも目の前に人間が何万人もいるのに、会う人がいない。
東京という街は、人間が多すぎて孤独になることがある。
「30代 友達いない」と検索している人は、たぶん友達の作り方を知りたいのだと思います。
社会人サークルへ行きましょう。趣味を作りましょう。習い事を始めましょう。
まあ、それでもいいんですが、その前に少し気になることがあります。
そもそも子供の頃、どうやって友達を作ったんでしょう。
小学生の頃、友達を作る努力なんてしていなかった
小学校へ行く。
同じ教室に40人くらい入れられる。
朝8時半から午後3時まで一緒にいる。
月曜日から金曜日までいる。
給食も一緒に食う。体育もする。遠足にも行く。運動会もある。
しかもこれを一年間やる。
考えてみれば異常なシステムです。
30代の社会人40人を一つの部屋に閉じ込めて、毎日6時間、一年間同じ作業をさせたら、たぶん何人か友達になります。
小学生のコミュニケーション能力が高かったわけではない。
むしろ鼻水垂らしていた。
友達を作る方法を知っていたわけでもない。
学校という巨大な装置が、勝手に友達を製造していました。
「友達を作った」と思っていたけれど、本当は「同じ人間と何百時間も接触させられた結果、友達になった」だけかもしれません。
ここで友達というものが、少し違って見えてきます。
友達は感情ではなく、物流なのかもしれない
この前PALTACという会社について調べていました。
化粧品や日用品をメーカーから小売店へ流している巨大卸です。
シャンプーがドラッグストアの棚に並ぶまでには、物流があります。
商品が良いだけではダメです。
花王が世界最高のシャンプーを作っても、山奥の倉庫から一歩も動かなければ、誰も買えない。
人間関係も似ているんじゃないでしょうか。
気が合う人間が東京のどこかに1000人存在していても、自分の生活動線に一度も流れてこなければ存在していないのと同じです。
つまり、
相性
↓
友達
ではなく、
接触
↓
反復
↓
共通体験
↓
相手についての情報蓄積
↓
相性が分かる
↓
友達
なのかもしれない。
だったら友達不足は、人格の問題ではなく物流問題である可能性があります。
人間配送網が壊れている。
なんだ人間配送網って。
30代になると、学校という物流センターがなくなる
20代前半まではまだあります。
大学。
新卒研修。
同期。
飲み会。
若手社員。
みんな独身。
給料も似ている。
暇な時間も似ている。
「今日飲みに行かない?」
で成立します。
30代になる。
一人が結婚する。
一人は子供が生まれる。
一人は大阪へ転勤する。
一人は管理職になる。
一人は起業する。
一人は休日ずっと彼女といる。
一人はゴルフを始める。
そして一人が土曜日の午後2時に「30代 友達いない」と検索する。
同じ教室にいた人間が、社会に散っていっただけです。
友情が壊れたというより、物流網が解体された。
この見方の方が私はしっくりきます。
国が調べていた
内閣府が2025年に行った全国調査では、孤独感が「ある」とする人は約4割いました。また、同居していない家族や友人と直接会って話すことが「全くない」人も1割程度います。もちろん「30代で友達ゼロが4割」という意味ではありませんが、人との接触が薄い人そのものは珍しい存在ではありません。
国が「孤独・孤立対策担当大臣」まで作るくらいなので、どうやらの個人レベルの問題ではなかったらしい。
政府に友達を心配される時代です。
すごい時代になりました。
でも昔より人間と会う必要はなくなった
ここで話が逆になります。
昔なら飯を食うために店へ行く。
買い物するために商店へ行く。
映画を見るために映画館へ行く。
会社へ働きに行く。
銀行へ金を下ろしに行く。
旅行代理店へ航空券を買いに行く。
何をするにも、人間がいる場所へ身体を運ばなければいけなかった。
今は、
Amazon。
Uber Eats。
Netflix。
ネット銀行。
リモートワーク。
オンライン診療。
マッチングアプリ。
ChatGPT。
家から出なくても、かなりのことができます。
これはものすごく便利です。
私も使います。
でも便利というのは、
「人間を介さなくても目的を達成できる」
ということでもあるんですね。
ここで急に、便利さという言葉が不穏に見えてきます。
Amazonは商品を届けるが、商店のおばちゃんは届けない
昔、近所の店へ毎日行けば、店員と顔見知りになった。
別に友達ではありません。
でも、
「今日は遅いね」
くらいは言われる。
Amazonは完璧です。
欲しい物が翌日来る。
しかしAmazonの箱は、
「最近どう?」
とは言わない。
Uber Eatsも食事は運んでくれる。
でも配達員とは20秒しか会わない。
Netflixは毎晩退屈を消してくれる。
でも一緒に見ていた人との思い出は作らない。
テクノロジーは面倒な他人を生活から一人ずつ削除してきた。
いや、これはかなりありがたい。
面倒な人は本当に面倒なので。
でも全部削除したあとで、
「最近、人間関係がない」
と言っているとしたら、少し面白い。
孤独は「人間関係の不足」ではなく、便利さの副作用なのかもしれない
洗濯機ができる。
洗濯する時間が減る。
食洗機ができる。
皿を洗う時間が減る。
Amazonができる。
買い物へ行く時間が減る。
リモートワークになる。
通勤時間が減る。
全部、時間を返してくれます。
なのに休日になると、
「やることがない」
となる。
時間を節約するために文明を発達させたら、余った時間の使い方に困るようになった。
なんなんでしょう。
ここまで来ると、孤独の話なのか文明論なのか分からなくなってきました。
でもたぶん同じ話です。
Netflixと友達は競合している
TDL、USJ、YouTube、TikTok、Netflix、ゲーム、旅行、飲み会。
全部別業界に見えます。
でも土曜日の午後3時という時間を取り合っています。
友達も同じです。
友達と会うには結構コストがかかります。
連絡する。
予定を合わせる。
電車へ乗る。
店を探す。
会話する。
場合によっては全然面白くない。
Netflixならボタン一個です。
しかも面白くなければ30秒で別作品へ移れる。
人間相手に、
「今日お前あんまり面白くないから別の友達に変えるわ」
とは言えません。
TikTokはさらに強い。
指一本で次の人間が出てくる。
人間関係という商品は、娯楽市場で見るとものすごくUXが悪い。
予約が必要。
相手都合あり。
ハズレあり。
スキップ不可。
課金しても広告が消えない。
友達をSaaSみたいに言うのもどうかと思いますが。
すると「友達がいない人」は、生活を効率化しすぎた人なのかもしれない
仕事はオンライン。
買い物はAmazon。
食事はUber。
映画はNetflix。
相談はAI。
恋愛はアプリ。
ジムは24時間無人。
家はオートロック。
宅配ボックス。
セルフレジ。
全部合理的です。
人間と話さなくても一日が成立する。
むしろ知らない人間と話す必要があるサービスの方が「不便」になっています。
人類は何百年もかけて、
他人に頼らなくても生きられる社会
を作ってきた。
そして完成に近づいたところで、
「孤独です」
と言い始めた。
結構すごいオチです。
30代で消えるのは友達より「偶然」かもしれない
子供の頃は偶然だらけでした。
席替え。
クラス替え。
部活。
修学旅行。
文化祭。
知らない人間が勝手に生活へ入ってくる。
30代になると、かなり自分で選べます。
好きな会社。
好きな店。
好きな動画。
好きなSNSアカウント。
好きな人。
嫌なものはブロック。
アルゴリズムも好みを学習してくれる。
世界が自分仕様になります。
快適です。
でも、昨日まで知らなかった人間が勝手に入ってくる穴も塞がれる。
「自分らしく生きる」という言葉は良いものだと思っていました。
でも自分らしさを完璧に最適化すると、自分しかいない世界が完成することもあるのかもしれない。
人脈というと急にいやらしくなる
友達の話をしていたのに、人脈の話をします。
「人脈を作れ」
と言われると嫌な感じがします。
経営者交流会へ行って、名刺を100枚集めている人を想像する。
私もあまり好きではありません。
でも、人間関係にはもう一つ機能があります。
情報を運びます。
「あの会社、募集してるらしいよ」
「面白い人いるから紹介するよ」
「こんな事業売りに出てるよ」
「今度一緒に海外行かない?」
「この本面白かった」
人生で起きる大きなことの一部は、検索して見つけたものではなく、人間から流れてきます。
仕事。
恋人。
投資。
商売。
旅行。
知識。
住む場所。
友達は娯楽相手だと思っていた。
でも見方を変えると、
自分の人生へ未知の情報を配送する回線
でもあります。
ここで、さっきのPALTACへ戻ってきました。
やっぱり物流でした。
Googleは知っているものしか検索できない
「NWC Peg」という言葉を知らない人は、NWC Pegを検索できません。
「VALUX」という言葉を知らない人は、VALUXを検索できない。
当然です。
Googleに世界中の情報が入っていても、検索語を持っていなければ取り出せない。
でも人間は、こちらが検索していないものを勝手に持ってきます。
「あれ知ってる?」
から始まる。
この機能は意外とすごい。
友達が減るというのは、一緒に飲みに行く人が減るだけではなく、
自分の外側から飛んでくる検索語が減る
ということでもある。
すると世界が少しずつ自分の既知情報だけで閉じていく。
孤独より、こっちの方が私は怖い気がします。
30代で友達がいないなら、人格を直す必要はないかもしれない
検索すると、
聞き上手になりましょう。
笑顔を増やしましょう。
自分から誘いましょう。
と出てきます。
もちろん悪くありません。
でも小学生の頃の自分を思い出すと、そんなに感じの良い人間ではなかったと思います。
それでも友達はいました。
毎日会っていたからです。
だったら問題は人格より、
同じ人と何度も偶然会う仕組みが、生活からなくなっていること
なのかもしれない。
一回だけ社会人交流会へ行って20人と名刺交換するより、毎週同じ喫茶店に行って同じ5人と会う方が、たぶん学校に近い。
人間を探すより、人間が繰り返し流れてくる場所を持つ。
趣味そのものより、反復性の方が重要なのかもしれません。
土曜日の新宿へ戻る
相変わらず人は死ぬほどいます。
スタバも満席。
カップルもいる。
一人で歩いている人もいる。
みんな物理的には近い。
でも、お互いの人生には存在していない。
私は昔、「東京へ行けば人がたくさんいるから面白い」と思っていました。
少し違ったのかもしれません。
人の数より、
何度も同じ人と交差する構造
の方が大事だった。
東京には1400万人近くいる。
でも生活動線を完璧に最適化すれば、その1400万人を全部素通りして一日を終えることもできます。
家から一歩も出ず、Amazonで物を買い、Uber Eatsを食べ、Netflixを見て、AIと話して寝る。
かなり快適です。
たぶん明日もできます。
それが少し怖い。
30代で友達がいない。
それ自体は、少なくとも現代ではそれほど珍しい現象ではありません。内閣府の調査でも孤独を感じる人は広く存在しています。
でも「友達を作らなきゃ」と焦るより、私は別のことを見た方がいい気がします。
自分の生活から、どれだけ偶然が消えているか。
知らない人が入ってくる穴が残っているか。
同じ人と何度も会う場所があるか。
自分の知らない検索語を持ってくる人がいるか。
友達というものを探していたはずなのに、最後には生活の物流設計みたいな話になりました。
まあいいです。
友達が物流なら、孤独は在庫切れです。
言ってみたかっただけです。
===
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



