前提として、玉塚氏は「立て直せなかった」わけではなく、フリースブームの反動で急落した業績を3年間でV字回復(守成の達成)させた。爆発的なブームの反動で売上・利益が落ち込んだ難しい時期に社長に就任。既存店の立て直しに3年をかけた。
玉塚は女性向け商品の強化やデザイン研究室の設置など、既存のユニクロを「ブラッシュアップ(改善)」する守りの戦術が中心。
しかし柳井は違った。単なる衣料品店ではなく「服のテクノロジー企業」へと再定義しました。東レとの戦略的パートナーシップを強固にし、冬の「ヒートテック」や夏の「エアリズム」といった、トレンドに左右されない新しいインフラ商品(機能性衣服)を開発し、爆発的な世界需要をゼロから創り出しました。復帰直後から「目線は日本ではなく世界」と定め、ニューヨークやロンドン、パリなどの一等地へ巨大な「グローバル旗艦店」を次々と出店しました。国内市場の飽和を予見し、アジア(特に中国)や欧米市場へ経営資源を一気に集中させたことが現在の世界第3位(インディテックス、H&Mに次ぐ)の地位に繋がっています。
柳井正氏を象徴する「ヒートテック」と東レの共同開発には、「アパレル=流行を追うもの」という常識を捨て、「服をサイエンス(素材科学)に変えた」壮絶な裏話があります。
2000年代初頭、日本の繊維産業は安価な中国製品に押され、「斜陽産業」と呼ばれていました。帝人やクラレといった大手化学・繊維メーカーが医療や化学品へのシフト(脱繊維)を進める中、東レだけは「繊維に人と資本を残す」と踏ん張っていました。
そこに目をつけたのが柳井氏です。「世界一を目指すには、世界最高の繊維技術を持つ東レの力が必要だ」と確信し、東レの前田勝之助会長(当時)に直接開発を依頼しました。
柳井氏の「服で世界を変える」という圧倒的な熱量に共感した東レは、すぐに社内にユニクロ専任の特命部署「GO推進室」を設立。素材メーカーが特定のアパレル1社のためにトップ直轄の組織を作るという、当時の業界ではあり得ない異例の体制がここからスタートしました。
2003年の発売に向けて始まった開発は、ユニクロの「商人としての容赦ない要求」と、東レの「技術者の意地」のぶつかり合いでした。
柳井氏が突きつけた理想は「薄くて、軽くて、抜群に暖かく、しかも1枚1,000円前後で買えるおしゃれな肌着」という、当時の技術では矛盾だらけの無茶振りでした。
東レの技術陣は、
- 体の水蒸気を熱に変える「レーヨン」
- 熱を閉じ込める、髪の毛の10分の1の細さの「アクリル」
- 乾きを早くする「ポリエステル」
- 伸縮性を出す「ポリウレタン」
という、全く性質の異なる4つの繊維を1本の糸に編み込むという前代未聞の挑戦に挑みました。
糸の太さ、編み方、配合を変え、ボツになった試作品は1万通りを超えています。さらに、4つの繊維は染料の吸い込み方が違うため、最初はマダラ模様に染まってしまう致命的な問題もありましたが、東レは「生地として均一に染め上げる技術」をゼロから開発してこれをクリアしました。
満を持して2003年に発売された初代ヒートテックですが、実は最初は全く売れませんでした。
当時は「メンズのインナー」として、吸汗速乾(ドライ機能)をメインに打ち出して売り出したため、消費者に「冬の防寒着」としての価値が伝わらなかったのです。
ここで柳井氏はすぐに方針を大転換します。
翌2004年、「女性は冬でも寒さを我慢して、おしゃれのために薄着をしている」というインサイトに着目し、保湿機能を高めた「ウィメンズ(女性向け)」を投入。これが「着ぶくれせずに綺麗にコートが着られる」と、クチコミで爆発的な大ヒットを記録しました。失敗を瞬時に修正し、ターゲットを切り替える柳井氏の「一勝九敗」の経営スピードが活きた瞬間でした。
多くのファッションブランドは、市場にある既存の生地を買って服を作ります。そのため、他社も同じ生地を買えば簡単に真似ができます。
しかしユニクロと東レは、5年ごとに「戦略的パートナーシップ」を結び、お互いの利益もリスクも共有する「1つの会社(ワンカンパニー)」として動いています。
毎年、世界中の店舗から集まる「もう少し滑らかにしてほしい」「静電気が起きる」といった数百万件の顧客の声を、ユニクロはすべて東レの開発チームへダイレクトに共有します。東レはその声をもとに、毎年ミリ単位で糸の断面や配合をアップデートし続けています。
この「川上の素材開発」から「川下の店舗販売」までが一本のパイプで繋がったSPA(製造小売)の究極系こそが、他社がどれだけ真似しようとしても追いつけないユニクロの最大の防御壁(モート)となっています。
柳井氏は後に、「東レさんは素晴らしい原材料を持っている。しかし、我々のような商人が『これを商品にして、お客様に届ける』という執念を持たなければ、ただの技術で終わっていた」と語っています。
柳井さんのマーケティングは神!私も彼から多くを学びました!
- 90DAYS
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



