「我々の事業は何か」というドラッカーの問いに対する、SGT&BDの答え  2026

「我々の事業は何か」

という問いに対するSGT&BDの答え。

ドラッカー曰く、事業の定義は10年で陳腐化するという。

 

昔は、今よりもサラリーマン忌避の動きが強かった。なぜなら、財閥系の優良企業ですら、平気で過労死していたからだ。

一方で、会社の外で、若者たちがIT起業する血気盛んな空気があった。

 

会社を飛び出て、なんとかしたい

なんとか就職したくない

そんな潜在的な空気感が蔓延していた。

 

だが、働き方改革、コロナを経て、環境は劇的に変わった。少子高齢化・人手不足が加速して、完全な売り手市場となった。若者の初任給はガンガン上がる。ましてや資産価格も上がる。

つまりサクッと就職して、高給を上昇する金融資産に振り分ける。そして早々に結婚する。そういう空気になった。

 

明らかに、昔より、

サラリーマン忌避

が弱まった。サラリーマンの労働環境は改善したのだ。

昔はリモートワークなんて夢のまた夢だったのだから。

 

だが、もし、ここからホワイトカラー消滅が加速し、リモートワークが終わりを告げ、資産価格が暴落したならば、どうだろう。

労働環境は昔より良いだろうし、若者を高給で雇おうとする動きは残るかもしれない。

だが、円安・物価高もあるだろう。

 

どういう世の中になるか。

まず格差だ。

 

ブルーカラーシフトも進むだろう。

 

おそらく起きるのは、

「昔のサラリーマン忌避への回帰」

ではない。昔とは、恐怖の種類が違うから。

 

昔の恐怖は、会社に入ったら、長時間労働で人生を奪われるというものだった。

これからの恐怖は、会社に入っても、自分の居場所が長く残るとは限らない
というものになるだろう。

 

つまり、

過労の恐怖から、

不要化の恐怖へ。

 

拘束の恐怖から、

市場価値消失の恐怖へ。

 

ホワイトカラーが減るといっても、会社員が一斉に失業するわけではない。

まず起きるのは、一人あたりが担当する仕事の拡大。

AIによって資料作成、翻訳、分析、顧客対応、プログラミング、デザインなどの一部が高速化すれば、会社は、

「この仕事には五人必要です」

とは考えなくなる。

優秀な一人にAIを持たせ、二人分、三人分の仕事をさせようとする。

 

すると、会社員の世界は、

「全員が少しずつ楽になる」

のではなく、

 

少数の中核人材に仕事と報酬が集中し、その他の人材は補助的・暫定的になる

可能性が高い。

これは工場の自動化でも起きたこと。

機械が入れば、全労働者が豊かになるわけではない。

機械を動かす人、管理する人、所有する人の価値が上がり、それ以外の仕事が減っていく。

 

ホワイトカラーにも、同じことが起きるだろう。

今までは、会社に入ること自体が、ある程度の将来所得を保証していた。

しかし、これからは、

「どの会社にいるか」

よりも、

「その会社で何を握っているか」

が重要になる。

 

顧客を握っているのか。

売上を作っているのか。

意思決定権を持っているのか。

専門知識を持っているのか。

社内外の信用を持っているのか。

 

AIに代替される側ではなく、AIを使って他人の仕事を代替する側にいるのか。

 

会社員という身分そのものには、以前ほどの防御力がなくなる。それでも、初任給は高いかもしれない。若者が少ない以上、新卒採用市場では若者を奪い合う。

ところが、

「初任給が高い」

ことと、

「生涯所得が安定している」

ことは違う。

入口では高給で迎えられる。

しかし、三十五歳、四十歳になった頃には、会社から、

「あなたの仕事はAIでかなり代替できます」

「若手一人とAIで回せます」

「管理職の数を減らします」

と言われる。

 

ましてや、甘やかされてきた世代。

 

若いうちは売り手市場。

中年以降は、強烈な選別市場。

そのような世界。

つまり、若者の希少性と、ホワイトカラー業務の余剰化が同時に進む。

人間は足りない。

しかし、

「今まで会社員がやっていた仕事」

は余る。

この二つは矛盾しない。

 

介護、物流、建設、整備、営業、接客、医療、保守など、現場で人間が動かなければ成立しない仕事では、人手不足が続く。

一方で、会議、調整、資料作成、報告、集計、社内説明のような仕事は圧縮される。

 

人手不足社会とは、あらゆる仕事が安泰になる社会ではない。必要な仕事と、必要でない仕事の差が露骨になる社会。

 

誰が、みんながやりたがらないハズレくじを引くのか?

というババ抜きゲー。

 

そして、資産価格が暴落すれば、

「会社員をしながら金融資産を買っていれば、いつか豊かになれる」

という物語も崩れる。

 

株、不動産、暗号資産、投資信託などの価格上昇によって、

「働いて得た金を資産に変えれば、将来は楽になる」

という期待を持てた。

 

これは会社員生活を受け入れるうえで、非常に大きかった。仕事そのものが楽しくなくても、給料を入金し、積立投資を続け、資産残高が増えていけば、会社員生活に意味を感じられるから。

 

だが、資産価格が長期低迷し、物価だけが上がれば、給料をもらっても生活費に消える。

投資しても増えない。住宅は高い。

教育費も高い。

社会保険料も重い。

すると再び、

こんなに働いて、何が積み上がっているのか

という感覚が強くなる。

 

NISA神話が崩壊すれば、文字通り、「NISA神」を失った信徒の混乱となる。ニーチェの喝破した「神は死んだ」というニヒリズムの世の中がやってくる。

 

ただし、昔のように、

「会社を辞めてIT起業しよう」

という単純な流れにはならない。

すでに多くの人は、起業の現実を知っている。

起業すれば自由になれるわけではない。

顧客、広告媒体、プラットフォーム、投資家、銀行、従業員に別の形で拘束される。

競争も激しく、成功確率も高くない。

SNSによって、一部の成功者だけが目立っていることも理解されている。

だから次に広がるのは、華々しい起業ではなく、

「会社への依存度を少しずつ下げる」

という動き。

 

副業。

小規模事業。

専門職化。

複数社との契約。

個人名義の顧客獲得。

発信による評判形成。

小さな金融資産。

小さな事業資産。

小さな知的財産。

小さなコミュニティ。

 

いきなり会社を飛び出すのではなく、

会社の外に、

複数の逃げ道を作っておく。

 

かつては、

「会社員か、起業家か」

という二択。

 

これからは、

会社員でありながら、半分は事業者。

事業者でありながら、一部は雇用者。

専門家でありながら、投資家。

本業を持ちながら、複数の収入源を持つ。

 

そのように、働き方が分解されていく。

 

ここで重要なのは、リモートワークが終わるかどうかではない。

より本質的なのは、

「働く場所を選べるか」

ではなく、

「誰に生活を握られているか」。

自宅で働けても、一社からの給料しかなければ、その会社への依存度は高い。

毎日出社していても、顧客、資格、資産、評判、外部ネットワークを持っていれば、会社への依存度は低い。

リモートワークは自由の象徴に見えた。しかし、本当の自由は、勤務場所ではなく、交渉相手を変更できること。

会社が嫌なら、別の会社へ行ける。

顧客が嫌なら、別の顧客を探せる。

一つの収入が途絶えても、別の収入がある。

自分の技能や信用を、所属組織の外へ持ち出せる。

この「退出可能性」がなければ、どれほどオフィスが快適でも、根本的には不自由。

 

したがって、これから強まるサラリーマン忌避は、

会社員という肩書への嫌悪ではなく、

 

一つの会社に、所得、信用、技能、人間関係、将来をすべて預けることへの警戒

になる。

 

逆に言えば、一つの会社にそれを委ねられる旧来型のスタイルが、

トップエリート増

となる。

 

それは、ますます憧れの対象となる。

総合商社マンの地位なんかは、不変どころか、ますます上がるだろう。

 

結婚も同じ。

景気が良く、雇用が安定し、資産価格が上がっている間は、

早く就職し、

早く結婚し、

住宅を買い、

金融資産を積み上げるという人生設計が合理的に見える。

 

一人の相手と、一つの家庭を積み上げる。

 

 

しかし、雇用も資産価格も不安定になると、人は長期固定費を嫌うようになる。

住宅ローン。

子育て費用。

専業主婦・専業主夫。

一馬力世帯。

一つの会社に依存した家計。

 

これらはすべて、未来がある程度予測できることを前提にしている。

 

未来が読めなくなれば、

若者は必ずしも結婚を嫌うのではなく、

「後戻りできない選択」

を嫌うようになる。

会社も、結婚も、住宅も、長期契約として見られるようになる。

 

結果として、安定を求めて会社に入るが、

会社を信用しすぎない。

結婚はしても、一馬力にはしない。

住宅は欲しいが、大きなローンは避ける。

投資はするが、資産価格が上がり続けるとは信じない。

 

このような、

「参加するが、依存しない」

態度が広がる。

 

おそらくこの過程であらゆるものへのロイヤリティが下がる。

 

マンコシェアリングエコノミー

ゆとり世代女子の暴走と、その後進世代の反動と早婚

これらは、私の予言通りとなった。

 

ドラッカーが言うように、事業の定義が十年で陳腐化するなら、人生戦略の定義も十年で陳腐化する。

 

かつては、会社員にならないことが自由だった。

その後は、条件の良い会社員になり、資産形成することが自由への近道になった。

そして次は、会社員か否かではなく、

 

自分の生活を支える基盤を、

何本に分散できているか

が自由を決める時代になる。

サラリーマンが再び嫌われるとしても、それは会社員が過酷だからではない。

会社員という一つの身分だけでは、人生を防衛できなくなるから。
 

 

もはや、従来の生き方ではどうにもならない世界で。

SGT&BDは、未来を灯し続ける。

 


===

西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。