ロンドンの地下で、130トンの怪物が育っていた。

2017年9月、ロンドン東部のホワイトチャペルで、下水道の定期点検をしていた作業員が、奇妙な壁を発見した。

古いレンガ造りの下水管を、白っぽい塊が塞いでいる。

機械を入れても簡単には崩れない。表面は岩のように固く、奥行きもわからない。調べていくと、塊は下水管に沿って延々と続いていた。

全長約250メートル。

重量約130トン。

シロナガスクジラに近い重さである。

それは岩ではなかった。

人間の脂だった。

正確には、料理に使われた油脂、グリース、ウェットティッシュ、生理用品、紙おむつなどが下水管の中で絡まり、固まり、巨大化したものだった。

ウェットティッシュが鉄筋のような骨格を作り、そこへ油が付着する。新しいゴミが流れてくるたびに、塊は少しずつ太っていく。

ロンドンの下水道作業員は、こうした物体を「ファットバーグ」と呼ぶ。

脂肪の氷山である。

ホワイトチャペルのファットバーグは、発見が遅ければ下水を逆流させ、街へ汚水をあふれさせる危険があった。作業員たちは防護服を着て下水管へ入り、高圧水とシャベルを使って、九週間かけて怪物を切り崩した。

切り取られた一部は、のちにロンドン博物館へ収蔵された。保存容器の中ではカビが生え、下水バエまで現れたという。ロンドン博物館の記録には、その異様な展示物が現在も残されている。

この怪物を作った犯人は、誰だったのか。

巨大企業ではない。

悪意ある犯罪者でもない。

何百万人もの、ごく普通の市民だった。

フライパンに残った油をシンクへ流す。ウェットティッシュを便器へ落とす。ボタンを押す。水が渦を巻き、目の前からすべてが消える。

台所はきれいになる。

便器もきれいになる。

一人が流す量は、ほんの数グラムである。

だから、誰も自分が130トンの怪物を作っているとは思わない。

全員が自分のゴミを正しく「処理」した。

その結果、地下で怪物が完成した。

しかし、地下で育っていたのは、脂肪の怪物だけではない。

1962年、アメリカ・ペンシルベニア州に、セントラリアという小さな炭鉱町があった。

町には、使われなくなった露天掘りの跡があった。そこは、住民が出したゴミを捨てる埋立地として利用されていた。

ゴミは増え続ける。

そこで町は、ゴミを燃やして処分することにした。

消防隊員が埋立地へ入り、ゴミの山に火をつけた。燃え終わったあとには水がかけられ、見えていた火は消された。

これで清掃は完了した。

そのはずだった。

数日後、火が戻ってきた。

もう一度、水がかけられた。

再び火は消えた。

だが、ゴミの下には、古い炭鉱へつながる穴があった。

ゴミを燃やすためにつけられた火は、その穴から地下へ入り、石炭層へ燃え移っていた。地表から炎が見えなくなったあとも、地下では巨大な石炭の鉱脈が、ゆっくりと燃え続けていたのである。

住民はしばらく、町の下で何が起きているのか理解していなかった。

道路の割れ目から煙が出る。

地下室に一酸化炭素が入り込む。

冬なのに、一部の地面だけ雪が積もらない。

1979年には、ガソリンスタンドの経営者が地下タンクの燃料量を測ろうとして、差し込んだ棒が異様に熱くなっていることに気づいた。

そして1981年2月、事件が起きる。

12歳の少年トッド・ドンボスキーが、祖母の家の裏庭を歩いていた。

突然、足元の地面が消えた。

少年は、地下火災によってできた巨大な穴へ落下した。とっさに木の根につかまり、近くにいた少年に引き上げられたが、穴からは高濃度の一酸化炭素を含む蒸気が噴き出していた。

あと少し救助が遅ければ、死んでいた。

地面の下で火災が始まってから、十九年後のことだった。セントラリアの地下火災は町を住めない場所に変え、住民の大半は移転し、建物の多くが解体された。

町はゴミを消そうとした。

ゴミは消えた。

代わりに、町が消えた。

奇妙なことに、同じころ、アメリカの別の場所では、まったく逆の方法で火が地下へ送られていた。

1935年、米国の森林行政は「10 a.m. Policy」と呼ばれる方針を本格化させた。

山火事を発見したら、翌朝10時までに消す。

火災は小さいうちに叩く。燃え広がる前に、人間が勝つ。

消防隊は次々と火を消した。

政策は成功した。焼失面積は大きく減少した。森林から煙が消え、住民は安心し、行政の数字も改善した。

だが、一部の森林では、別のものが増え始めていた。

枯れ枝である。

落ち葉である。

倒木である。

小さな木や、乾燥した下草である。

本来なら定期的な小規模火災によって焼かれていた燃料が、人間が火を消すたびに地表へ残った。

一年目の枝に、二年目の枯れ葉が重なる。その上へ三年目の倒木が載る。

火災件数は減った。

森林の中に保存されている「まだ燃えていない火」は、増え続けた。

やがて乾燥と強風が重なる。

一度着火すると、炎は地表から幹を登り、木の上部へ達する。隣の木へ飛び移り、人間が近づけない巨大な火災になる。

火を消すことに成功するほど、次に来る火は消しにくくなった。

現在では、その反省から、条件を管理しながら意図的に森林を燃やす「計画的火入れ」が行われている。小さな火を受け入れ、地表の燃料を減らすことで、将来の壊滅的な火災を防ぐ。米国立公園局も、すべての火を抑え込むと燃料が不自然に蓄積し、避けられない火災を遅らせるだけで、かえって深刻化させ得ると説明している。

ここに三つの事件がある。

ロンドンの地下で育った、130トンの脂肪。

ペンシルベニアの地下で、今も燃え続ける石炭。

火災を消し続けた森林に積み上がった、膨大な枯れ木。

場所も時代も違う。

一つは下水道の話である。一つは炭鉱町の話である。一つは森林行政の話である。

しかし、三つには共通点がある。

すべて、巨大な水洗トイレだった。

市民は、油を下水管へ流した。

町は、ゴミを地下へ流した。

行政は、火災を未来へ流した。

目の前から問題が見えなくなった瞬間、人間は「処理が終わった」と判断した。

だが、消えたものは一つもない。

油脂は下水道へ移動した。

火は石炭層へ移動した。

燃焼は枯れ木という在庫へ変換された。

三つの事件で起きていたのは、問題の消滅ではない。

問題の輸送である。

人間が「問題に対処した」と感じる瞬間は、問題がなくなった瞬間とは限らない。

自分の視界から、問題が消えた瞬間である。

赤字を貯金で埋めれば、赤字は消える。

その代わり、問題は事業から個人資産へ移る。

人手不足を優秀な社員の残業で埋めれば、納期遅延は消える。

その代わり、問題は会社の業務設計から、社員の身体へ移る。

不満を口にするのをやめれば、喧嘩は消える。

その代わり、問題は会話から、関係の内部へ移る。

カフェインを飲めば、眠気は消える。

追加融資を受ければ、支払日は消える。

値下げすれば、売れない商品も一時的に動く。

どれも、効果はある。

だから厄介なのだ。

何の効果もなければ、人はすぐに別の方法を探す。

目の前の苦痛だけは確実に消えるから、その方法が繰り返される。

小さな成功が積み重なり、見えない場所で巨大な失敗が完成する。

人間が未来を使うのも、同じ理由である。

未来は、現在の自分から見えない。

未来の自分は、まだ苦情を言ってこない。

金、健康、信用、年齢、選択肢。今日使ったものの請求書は、すべて未来へ流せる。

未来とは、人類が発見した最大の下水道なのかもしれない。

問題を先送りする人は、何もしていないのではない。

むしろ、懸命に対処している。

金を入れる。頭を下げる。残業する。薬を飲む。誰かに我慢してもらう。次の期限を設定する。

ただし、その努力は問題を消すためではない。

今日の自分が、問題を見なくて済む場所まで運ぶために使われている。

だから、問題に対処したあとに確認すべきことは、「静かになったか」ではない。

どこへ行ったのか。

誰が引き受けたのか。

何に姿を変えたのか。

そして、そこで何トンまで育つのか。

ロンドンのファットバーグは、誰か一人が130トンの油を流したから生まれたのではない。

数百万人が、毎日ほんの少しずつ、目の前の問題をきれいに片づけたから生まれた。

問題を巨大化させるのは、放置だけではない。

対処の成功もまた、怪物を育てる。

水を流したあとまで、見届けない限り。

 

君は、「問題解決の本質」と、「統合構造理論」のどっちにする?


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。