会社を壊すのは、仕事をしない人ではない

1840年代、ウィーン総合病院には、妊婦たちが恐れる病棟があった。

病院には二つの産科病棟があり、妊婦は原則として交互に振り分けられた。一方は医師と医学生が担当し、もう一方は助産師が担当していた。

設備はほぼ同じ。患者の選別もない。

ところが、医師が担当する第一病棟では、1840年から1846年までに出産した女性1,000人あたり98.4人が死亡した。助産師の第二病棟では36.2人だった。

医師に診てもらうと、死亡率が約2.7倍になったのである。

妊婦たちはその事実を知っていた。第一病棟に入れられそうになると、膝をついて第二病棟への変更を懇願した。それが認められないと、病院へ向かう途中で出産したことにして、路上で子どもを産む女性までいた。

そして奇妙なことに、路上で出産した女性の方が、第一病棟で医師に診てもらった女性より死ななかった。

医師の技術が低かったのではない。むしろ逆だった。

医師と医学生は、毎朝、死亡した患者の遺体を解剖していた。人体を深く理解し、より優れた医師になるためである。

問題は、その直後に産科病棟へ移動し、妊婦を診察していたことだった。

当時は細菌の存在が知られていない。手に血が見えなければ、その手は清潔だと考えられていた。

1847年、医師イグナーツ・ゼンメルワイスの同僚が、解剖中にメスで指を傷つけて死亡した。その症状は、産褥熱で死亡した女性たちとよく似ていた。

そこでゼンメルワイスは気づく。

医師たちは病気を治せなかったのではない。

治療しながら、病気を運んでいた。

彼は医師と医学生に、解剖室を出た後、塩素石灰液で手を洗わせた。すると第一病棟の死亡率は急落し、1848年には1,000人あたり12.7人となった。助産師の第二病棟は13.3人だった。

医師の能力を高めたわけではない。薬を開発したわけでもない。高価な設備を導入したわけでもない。

工程と工程の間で、手を洗っただけである。

後世の再分析では、手洗い後に診察された女性は、約11人につき1人の割合で死亡を免れたと推定されている。(James Lind LibraryJournal of the Royal Society of Medicine)

この事件は、衛生管理の歴史として語られることが多い。

しかし、もっと広く使える教訓がある。

組織を壊すのは、必ずしも仕事をしない人ではない。

ある場所で正しく仕事をした人が、その仕事から生じた「見えない汚れ」を、次の工程へ運ぶことで組織は壊れる。

営業担当者は、売上目標を達成するために大きな約束をする。その約束が制作部門を疲弊させ、納期遅延と顧客離脱を生む。

広告担当者は、クリック率を上げるために刺激的な表現を使う。広告成績は改善するが、質の低い見込み客が流入し、営業効率とブランドへの信頼が落ちる。

カスタマーサポートは、対応件数を増やすために問い合わせを早く終了させる。しかし問題が解決していないため、再問い合わせが増える。

コンテンツ担当者は、PVを増やすために広い読者へ刺さる記事を量産する。アクセスは増えるが、買う可能性のある読者が薄まり、売上は減る。

全員、自分の病棟では正しい仕事をしている。

だから発見が遅れる。

無能な人間なら、本人を見ればわかる。しかし、局所的に優秀な人間が隣の工程へ運ぶ損失は、その人の成果に隠れてしまう。

業績が悪化したとき、多くの会社は「もっと頑張れ」と命じる。

だが、必要なのは努力の追加ではないかもしれない。

見るべきなのは、人ではなく、その人がまたいでいる境界である。

その仕事の直後に、何が悪化しているか。その部署が成果を出すほど、誰の負担が増えているか。上流で改善した数字と、下流で悪化した数字の間に、何が運ばれているか。

ゼンメルワイスが発見したのは、手洗いの大切さだけではない。

問題は、手が汚れていることではない。

手が汚れる工程と、触れてはいけない工程が、無防備につながっていることである。

 

CEO/COOになるためのトップ・マネジメント


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

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Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。