年収1000万円を超えても「このままでいいのか」が消えない人へ
年収1000万円。
一般的には、かなり成功している側です。
東京でそれなりの会社に勤め、そこそこ良いマンションに住み、食べたいものを食べ、欲しいものも大抵は買える。
転職市場でもそれなりに評価される。
貯金もある。
20代の頃に欲しかったものの多くは、すでに手に入っている。
ところが、そこで妙なことが起こります。
人生がそれほど面白くならない。
むしろ、
「このままこれを20年続けるのか?」
という違和感が強くなる人がいます。
これは年収が足りないからではありません。
年収を上げれば解決する問題と、しない問題がある
年収300万円から600万円になる。
これはかなり大きい。
住める場所、食事、旅行、交友関係、選択肢。
生活そのものが変わります。
600万円から1000万円にも、それなりの変化があります。
しかし、その先になると、
所得を増やしても消えない問題
が目立ち始めます。
たとえば、
- 今の仕事をあと10年やりたいとは思わない
- 出世して上司のようになりたいわけでもない
- 転職しても会社員であること自体は変わらない
- 結婚、住宅購入、子育てという標準コースにも強く惹かれない
- かといって全部捨てて田舎暮らしをしたいわけでもない
- 仕事はできるが、会社という共同体に帰属意識がない
- 周囲には普通に適応できるが、本音で話せる人は少ない
こういう状態です。
私は、これを単純な「贅沢な悩み」だとは思いません。
むしろ、ある程度まで人生を進めたから初めて見える問題です。
「社会不適合」なのではない
ここを間違える人が多い。
会社に行けないわけではない。
仕事ができないわけでもない。
人間関係を築けないわけでもない。
むしろ逆です。
それなりに社会に適応した。
その結果、
「適応できること」と「その人生を望んでいること」は別だ
と気づいてしまった。
ここが問題なのです。
会社員として成功できる。
しかし会社員として成功したいわけではない。
結婚できる。
しかし結婚を人生のゴールだと思っていない。
東京で高い家賃を払える。
しかし「だから何なのか」という感覚が残る。
社会から脱落した人ではありません。
社会では戦えるが、社会が用意した人生に同化できない人です。
この二つは全く違います。
優秀な人ほど、ここで判断を間違えることがある
こういう違和感が出ると、多くの人は次の行動を取ります。
転職する。
MBAを取る。
副業を始める。
起業する。
投資を始める。
海外へ行く。
結婚する。
高級マンションを買う。
趣味を増やす。
もちろん、それによって解決するケースもあります。
しかし、根本にある問題が、
「今の会社が嫌だ」
ではなく、
「自分はそもそも、どういう人生なら納得するのか」
だった場合、転職しても数年後に同じ問題が戻ってきます。
会社Aから会社Bへ移動しただけだからです。
同じことは起業にも言えます。
会社員が嫌だから起業する。
ところが起業したら、今度は顧客、従業員、銀行、取引先に拘束される。
自由になるために始めたはずなのに、以前より自由がなくなる。
つまり、
手段を変更しているだけで、人生そのものを設計していない。
ここで詰まります。
30代以降は「何を増やすか」より「何を捨てるか」が重要になる
若い頃は、足し算でかなり進めます。
学歴を足す。
資格を足す。
経験を足す。
年収を足す。
人脈を足す。
能力を足す。
ところが、ある程度のところまで来ると、今度は持っているもの同士が衝突し始めます。
高所得を維持しようとすると時間がなくなる。
自由を増やそうとすると所得が下がる。
東京の利便性を取れば住居費が上がる。
仕事に全振りすると恋愛や家庭が犠牲になる。
家庭を優先すると移動の自由が下がる。
社会的地位を守ろうとすると、大胆な選択ができなくなる。
つまり人生後半では、
全部欲しい
が通用しなくなる。
何を取るか以上に、
何を捨てても構わないか
を決める必要があります。
ここを決めないまま年収だけを上げ続けると、
「条件は良いのに人生がつまらない」
という妙な状態になります。
金は「幸福」ではなく「人生を組み替える権利」である
私は、お金の価値をかなり現実的に考えています。
高級時計を買えることでも、
高級ホテルに泊まれることでもありません。
本当に重要なのは、
嫌な場所から離れられること。
嫌な仕事を辞められること。
嫌な人間と付き合わなくていいこと。
住む場所を変えられること。
数年間収入がなくても、新しいことを試せること。
つまり金とは、
人生の再配置能力
です。
この意味では、年収が高くても固定費が高く、住宅ローンがあり、会社を辞められず、家族関係にも縛られている人より、
多少所得が低くても資産があり、固定費が低く、自分で時間を決められる人の方が自由な場合があります。
年収だけ見ていても、人生は設計できません。
「普通に生きる」のが嫌なら、普通ではない設計が必要になる
普通の人生が悪いわけではありません。
会社に入り、
結婚し、
家を買い、
子供を育て、
定年まで働く。
それで満足できるなら、非常に合理的です。
問題は、
それに魅力を感じていない人まで、同じ人生を選ぼうとすることです。
周囲がそうしているから。
親が安心するから。
会社で評価されるから。
世間体が良いから。
ここに自分の意思が入っていない。
そして40歳、50歳になって、
「自分は何のためにこれをやっていたのか」
となる。
私は、この方がよほど怖いと思っています。
普通から外れるなら、
普通より多く考えなければいけません。
どこに住むのか。
どう稼ぐのか。
誰と付き合うのか。
何に時間を使うのか。
老後をどうするのか。
仕事をどうするのか。
どこまで社会と関わるのか。
全部、自分で決める必要があります。
自由には設計能力が必要です。
西園寺.comで扱っているテーマがバラバラなのには理由があります
このサイトでは、
仕事、
転職、
独立、
マーケティング、
投資、
人間関係、
恋愛、
都市、
MBTI、
数学、
社会、
人生、
かなりバラバラなことを書いています。
一見すると統一性がありません。
しかし私の中では、かなり一貫しています。
それは、
「自分の頭で、自分の人生を組み立てるにはどうしたらいいか」
という問題です。
仕事だけ変えても人生は変わりません。
お金だけ増えても人生は変わりません。
人間関係だけ変えても人生は変わりません。
全部つながっています。
だから、マーケティングの話をした次の日に、会社員の話をし、数学の話をし、都市の話をする。
私自身が、一つの専門分野だけを研究したいわけではないからです。
人生全体を攻略するために、必要なものを拾っている。
その結果がこのサイトです。
おそらく、このサイトは万人向けではありません
「仕事は会社から与えられるものでいい」
「みんなと同じ人生が一番安心する」
「難しいことは考えず普通に暮らしたい」
という人には、あまり必要がありません。
一方で、
それなりに仕事はできる。
それなりに金もある。
しかし、
「このまま普通の人生を続けるのは何か違う」
という感覚が消えない人には、このサイトのどこかが引っかかると思います。
その違和感をすぐに消す必要はありません。
むしろ、
なぜ違和感があるのかを正確に理解する。
そこからです。
自分が本当に欲しいものが分からない状態では、どれだけ努力しても、間違った方向へ速く進むだけです。
年収1000万円になっても違和感が消えなかったなら、
次に必要なのは年収1200万円ではないかもしれません。
それまで使っていた、
人生の地図そのものを描き直す時期
なのかもしれません。
このサイトには、そのための記事を大量に置いています。
初めて来た人は、適当に最新記事を読むより、自分の問題に近いところから何本か続けて読んでみてください。
数本読んで「違う」と思えば、それで構いません。
逆に、
「自分が長年うまく言葉にできなかったことが、ここに書いてある」
と思ったなら、おそらく他の記事も役に立ちます。
そして、公開記事よりさらに踏み込んだ内容については、登録者向けの独自企画としてまとめています。
万人に必要なものではありません。
必要な人だけ、続きを見てください。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



