神田昌典。
1990年代末から2000年代の日本でマーケティングを勉強した人なら、かなり高い確率で名前を知っている人物だろう。
『あなたの会社が90日で儲かる!』
『口コミ伝染病』
『非常識な成功法則』
『禁断のセールスコピーライティング』
そして、
PASONAの法則。
現在の神田昌典公式プロフィールによれば、外務省、戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表などを経て、1998年に経営コンサルタントとして独立。その後「顧客獲得実践会」を立ち上げた。
1999年に出版された『あなたの会社が90日で儲かる!』は、出版社によれば40万部を超えるロングセラーとなった。
2026年の今から考えると、もう四半世紀以上前である。
Google広告もなかった。
Facebookもない。
LINEもない。
YouTubeもない。
当然ChatGPTもない。
それなのに神田昌典の名前も、PASONAの法則も、今なお日本のマーケティング界で残っている。
なぜなのか。
逆に、
25年前のマーケティング理論を2026年にそのまま使う意味はあるのか。
ここを分解してみると、神田昌典という人物が日本のマーケティングへ与えた影響と、その限界がかなり見えやすくなる。
神田昌典がやったことは「マーケティングの民主化」だった
1990年代の「マーケティング」という言葉から、どんな仕事を想像するだろう。
大企業。
広告代理店。
テレビCM。
市場調査。
ブランド戦略。
数千万円、数億円の広告予算。
こうした世界を想像しやすい。
中小企業の社長からすれば、
「うちには関係ない」
となる。
ところが神田昌典が広げたマーケティングはかなり違った。
チラシを書く。
FAX DMを送る。
広告に問い合わせ先を書く。
見込み客を集める。
反応率を測る。
売れる表現へ変える。
客から手を挙げてもらう。
つまり、
中小企業でも明日から操作できるマーケティング
だった。
フォレスト出版自身も『あなたの会社が90日で儲かる!』について「マーケティングの民主革命」と表現している。これは出版社側の評価ではあるが、同書が従来の大企業的マーケティングとは違う読者層へ浸透したことをよく表している。
ここが神田昌典の第一の重要性だと思う。
「売り込みに行く」のではなく「欲しい人に手を挙げてもらう」
『あなたの会社が90日で儲かる!』の中心にあったのが、神田昌典が「感情マーケティング」と呼んだ考え方である。
後続書籍の出版社説明では、その特徴を、
企業側から売り込みに行くのではなく、
顧客側から「興味があります」と手を挙げてもらう
方法として説明している。
これは現在から見ると非常に重要である。
例えば住宅営業。
街を歩いている1000人へ電話する。
よりも、
「福岡市 中古マンション 4000万円」
と検索している100人へ広告を出す方が近い。
さらに、
資料請求した。
モデルルームを予約した。
住宅ローンを検索した。
という人なら、もっと近い。
つまり営業力を上げる前に、
需要が既に行動として現れている人を見つける。
この発想である。
これは2026年でも全く古くない。
「説得の技術」より上流にある重要な考え方
神田昌典はコピーライティングでも非常に有名になった。
そのため、
神田昌典
売れる文章を書く人
という印象を持つ人もいる。
しかし、本当に重要なのはコピーそのものではない。
1000人の無関心な人を猛烈な文章で説得するより、
既に困っている100人を見つける。
さらにその100人の中から、
実際に解決策を探している30人を見つける。
その30人へ商品を出す。
こちらの方が合理的である。
つまり、
説得能力を高める以前に、説得距離の短い人を集める。
神田昌典の「手を挙げてもらう」という思想を2026年的に翻訳すると、かなりこの方向へ近い。
「感情マーケティング」は本当に正しいのか
一方で、
「感情を動かせば売れる」
という表面的な理解には注意が必要だ。
人間の購買が完全に合理的ではないことは確かだ。
恐怖。
期待。
安心。
羨望。
損失回避。
社会的証明。
こうしたものが意思決定へ影響する。
だから神田昌典が「人間の感情」に焦点を当てたこと自体には合理性がある。
しかし、
感情を刺激すれば、需要のない商品まで売れる
と考え始めると問題になる。
例えば、
不安を煽る。
期限を付ける。
危機感を強調する。
成功後の未来を見せる。
それによって短期conversionは上がるかもしれない。
だが、商品価値そのものが低ければ、
返金。
低継続率。
悪い口コミ。
ブランド毀損。
という別の場所にコストが出る。
マーケティングは購入ボタンを押させた瞬間で終了しない。
PASONAの法則は、なぜここまで広まったのか
神田昌典の名前と強く結び付いているのがPASONAの法則である。
後に改訂・発展させた「PASBECONA」なども発表しており、2016年の『稼ぐ言葉の法則』では、自身が約17年前に開発した文章技法を進化させたものとして紹介している。
PASONAの細かな版には時期によって違いがあるが、基本思想は、
顧客の問題を認識させ、
その問題を深く理解し、
解決方法を提示し、
行動へ進ませる、
という文章構造である。
なぜ広まったのか。
理由はかなり単純だと思う。
文章を書く順番が分からない人でも使えるからだ。
「売れる文章を書いてください」
では抽象的すぎる。
しかし、
まず問題を書く。
次に問題の意味を説明する。
解決策を提示する。
商品を出す。
行動を促す。
と順番を渡されれば書ける。
つまりPASONAの価値の一つは、
暗黙知だったセールスコピーを、操作可能な型へ変えたこと
にある。
これは当時かなり強かった
インターネット初期には、
Webページを作れる。
メールを送れる。
セールスレターを書ける。
という能力自体に希少性があった。
そこへPASONAのような文章テンプレートが入る。
すると中小企業や個人でも、
広告代理店へ巨額の金を払わず、
自分で販売文章を書けるようになる。
これは大きい。
一種の、
マーケティング技術のSoftware化以前のマニュアル化
だった。
LステップなどのMAがマーケティングフローをSoftware化したのだとすれば、
PASONAはそれ以前に、
人間の頭の中にあった販売ロジックを、
テンプレートとして実装可能にした
とも言える。
しかし神田昌典本人も「昔のコピー技術は古くなった」と言っている
ここは興味深い。
2020年に公式サイトへ掲載された日経MJ連載で、神田昌典本人が、
スマートフォン時代には従来型コピーライティング技術が古くなってきている、
という趣旨を書いている。
そして、自身が約20年前に考案したPASBECONAについても、販売ページの構成として普及した一方、環境変化を指摘している。
これは重要である。
本人自身が、
昔作った型を永久不変の法則として扱っていない。
マーケティングで本当に残るものと、媒体依存の実装を分けている。
そもそも「型」が普及すると、型は弱くなる
PASONAが強い。
↓
多くのマーケターが使う。
↓
LPが全部似てくる。
これは当然起こる。
「こんなお悩みありませんか?」
「実は、その原因は○○です」
「でも安心してください」
「そこで今回ご紹介するのが……」
「今だけ限定価格」
こうしたページを何度も見れば、
顧客側もパターンを学習する。
すると、
型を使っていること自体が見える。
見える説得装置は効きにくくなる。
マーケティング手法には、
普及すると自らの優位を削る
という性質がある。
そしてAIは、型の価値をさらに壊す
2026年。
ChatGPTへ、
「PASONAの法則を使って、この商品を売るLPを書いて」
と入力する。
数秒で書ける。
さらに、
AIDA版。
QUEST版。
ストーリー版。
短文版。
YouTube広告版。
まで瞬時に作れる。
つまり、
文章テンプレートを知っていること自体の経済価値はほぼ消えつつある。
20年前ならコピーライターへ数十万円払っていた仕事を、AIが数分で生成する。
すると、
「PASONAを知っています」
では競争優位にならない。
では神田昌典のマーケティングはAIで全部死ぬのか
ここが面白い。
私は逆だと思う。
表面は死ぬが、上流は残る。
例えばAIは、
強烈なセールスコピー
を作れる。
しかし、
誰に売るべきか。
その人は本当に困っているのか。
問題はどの程度頻繁に発生しているのか。
今は何で代替しているのか。
既にどれだけ金や時間を使っているのか。
どの価格なら払うのか。
そもそも別商品を作った方がいいのか。
これは違う問題である。
文章生成ではなく、
需要認識
の問題だ。
神田昌典の「手を挙げさせる」は、AI時代ほど重要になる
AIによって、
広告が100倍作れる。
記事も100倍作れる。
動画も100倍作れる。
メールも100倍送れる。
一見すればマーケティング能力が100倍になったように見える。
しかし競合も同じAIを持つ。
すると、
世の中には今以上に、
売り込み
が溢れる。
その中で全員を説得しようとすると、広告費も注意獲得競争も激しくなる。
逆に重要になるのが、
既に、
検索している。
比較している。
資料を取っている。
質問している。
別商品を買っている。
困りごとへ時間を使っている。
人を見つけることである。
つまり、
潜在需要が既に行動として漏れ出している場所を探す。
25年前の「興味がある人に手を挙げさせろ」は、この意味でかなり現代的である。
顧客獲得実践会も重要だった
神田昌典は1998年の独立後、「顧客獲得実践会」を創設した。
公式プロフィールや出版社プロフィールでは、延べ2万人規模の経営者・起業家を指導したとしている。
この名前も象徴的である。
「マーケティング研究会」
ではない。
顧客獲得実践会。
つまり評価対象が、
勉強したか。
理解したか。
ではなく、
客が増えたか。
になっている。
これはダン・ケネディ的なDirect Responseの思想とも非常に近い。
広告の美しさではなく反応を見る。
「反応を見る」は、今ならさらに進化できる
昔なら、
チラシ1万枚。
問い合わせ100件。
成約10件。
という測定だった。
2026年なら、
広告表示。
クリック。
検索。
LINE登録。
ページ閲覧。
動画視聴。
資料請求。
予約。
購入。
再購入。
解約。
まで取れる。
つまり、
神田昌典的な「反応を見る」という思想を、当時よりはるかに細かく実装できる。
ここはAI・Analytics・CRM時代の大きな進歩である。
ただし反応率だけを最大化しても危険である
ここには落とし穴がある。
広告A:
クリック率10%。
広告B:
クリック率3%。
ならAが良く見える。
しかし、
Aから来た人は全然買わない。
Bから来た人は非常によく買う。
ならBの方が強い。
さらに、
よく買う顧客でもすぐ解約する。
なら評価はまた変わる。
つまり、
どこまで先の結果を見るか
によって最適広告が変わる。
昔のダイレクトレスポンスを現代化するなら、
Response
だけではなく、
Customer Lifetime Value
まで追う必要がある。
「嫌な客に頭を下げるな」も、実はマーケティングの話である
神田昌典の有名な著書『非常識な成功法則』には、
「嫌な客に頭を下げるな!」
といった刺激的な表現も登場する。
自己啓発的な言葉に見える。
しかし経営的に読むと、別の意味がある。
すべての顧客を取る必要はない。
ということだ。
顧客A:
売上10万円。
サポートコスト1万円。
顧客B:
売上10万円。
クレーム、返品、追加作業でコスト12万円。
売上は同じ。
利益は違う。
さらにBが従業員を疲弊させるなら、長期コストはもっと大きい。
つまり、
顧客数最大化
ではなく、
Economicに価値のある顧客を選ぶ
必要がある。
この点も現在のCRMやLTVマーケティングとかなり相性がいい。
「口コミ伝染病」にも面白い発想がある
2001年に出版された『口コミ伝染病』では、顧客から顧客への紹介を使った集客を扱っている。
出版社の目次を見ると、冒頭から、
「豊富な井戸の水も、汲めば、必ず枯れる」
という趣旨の章がある。
これはかなり面白い。
どんな市場でも無限ではない。
広告媒体も飽和する。
顧客も取り尽くす。
競争も入る。
だから、
一つの集客手段が永久に伸び続ける
とは考えない。
口コミ。
紹介。
新商品。
新市場。
へ広げる。
これは2026年に見ても重要な感覚である。
ただし「感情」だけでは需要を説明できない
ここは神田昌典をそのまま使わない方がいいところでもある。
購入には感情が重要である。
しかし、
感情
需要
ではない。
例えば、
「老後が不安ですか?」
と聞けば、多くの人は不安と答えるだろう。
しかしその全員が、
30万円の老後コンサル
を買うわけではない。
口では困っている。
しかし金は払わない。
これはよく起こる。
だから2026年には、
感情だけでなく、
実際の行動
を見る必要がある。
老後について何回検索しているか。
証券口座を開いたか。
FPへ相談したか。
本を買ったか。
毎月いくら貯蓄しているか。
別のサービスへ金を払っているか。
こちらの方が需要強度を測りやすい。
「感情マーケティング」を「需要状態推定」へ進化させる
神田昌典型:
顧客の感情を理解する。
2026年型:
顧客の感情・発言・検索・行動・購買を合わせて、現在の需要状態を推定する。
と考える。
例えば、
不安を口にしているだけ。
より、
不安を検索している。
さらに、
比較サイトを見ている。
さらに、
相談予約している。
さらに、
競合へ既に金を払っている。
と進むほど、需要の証拠が強くなる。
これは広告コピーとは別次元の問題である。
神田昌典本人も2026年にはAIの先を見ている
興味深いことに、2026年現在の神田昌典公式サイトを見ると、日経MJで「未来にモテるマーケティング」という連載を続けている。
2026年だけでも、
「問題解決はAIに軍配」
「AI時代こそ現場を見よ」
「無難で弱い AIの店頭販促」
「AIに成せぬ 顧客との関係性」
といった記事を掲載している。
つまり本人の問題意識も、
「昔のPASONAを永久に使え」
にはなっていない。
AIが問題解決能力を持つほど、
現場。
顧客。
関係性。
という部分へ重心を移している。
これはかなり自然な進化だと思う。
AIは「平均的な売れるコピー」を大量生産する
今後、
PASONA。
AIDA。
QUEST。
ストーリーテリング。
セールスレター。
こうしたものはAIが大量生成する。
するとインターネットには、
平均点70~80点くらいの販売文章
が大量に溢れる。
そこで、
「文章が上手い」
だけでは差が付かない。
むしろ重要になるのは、
他社が知らない顧客事実を持っていること。
例えば、
顧客1000人の問い合わせを分析したら、
誰も想定していなかった理由で商品を買っていた。
なら、それが強い。
AIにその事実を渡せばコピーはいくらでも作れる。
しかし、
その事実自体
は現場を観測しなければ手に入らない。
神田昌典の思想で2026年にも残るもの
四半世紀経った今でも残りそうなのは、PASONAのアルファベットそのものではない。
もっと下にある原理である。
売り込む前に、欲しい人を見つける。
顧客の感情を見る。
反応を測る。
すべての顧客を取ろうとしない。
一度成功した集客源が永久に続くと思わない。
コピーを芸術ではなく売上へ接続する。
顧客との関係を蓄積する。
これらは現在でも強い。
逆に、そのまま持ち込まない方がいいもの
一方、
刺激的なヘッドライン。
恐怖訴求。
長文セールスレター。
決まったコピー型。
単純な反応率最大化。
短期間で売上を上げること自体の絶対視。
は、2026年には再検討が必要である。
AIで模倣されやすい。
顧客も慣れている。
さらに短期conversionと長期顧客価値が一致しない場合もある。
つまり、
神田昌典の表層をコピーするほど古くなる。
逆に、
なぜその手法が当時効いたのかまで抽象化すると今でも使える。
これはダン・ケネディにもジェイ・エイブラハムにも共通する
ダン・ケネディなら、
Responseを測れ。
ジェイ・エイブラハムなら、
既存資産からレバレッジを探せ。
ジェフ・ウォーカーなら、
購入までの時間を設計せよ。
神田昌典なら、
顧客の感情を理解し、売り込む前に手を挙げさせろ。
それぞれ表現は違う。
しかし共通しているのは、
商品を作って祈る
ではなく、
顧客側から逆算して商売を組み立てる
ことだ。
日本の中小企業へこの考え方を非常に分かりやすい形で広げた点で、神田昌典の影響は大きかったと考えられる。
結論:神田昌典の本当の価値はPASONAではなかった
神田昌典について調べると、
PASONAの法則。
非常識な成功法則。
感情マーケティング。
という固有名詞が目立つ。
もちろんそれらは重要である。
しかし2026年から四半世紀を振り返ると、本質は別のところにある。
マーケティングを、大企業だけが行う曖昧な広告活動から、中小企業でも操作・測定できる顧客獲得活動へ落としたこと。
ここではないかと思う。
広告を出す。
反応を見る。
欲しい人に手を挙げてもらう。
売れなければ変える。
顧客を選ぶ。
紹介を作る。
再び測る。
極めて実務的である。
そして2026年。
AIによって、
コピー。
広告。
デザイン。
LP。
メール。
の制作能力は急速にコモディティ化している。
だから次の競争は、
「誰が上手なPASONAを書けるか」
ではない。
どの顧客の、どの未充足需要を見つけたか。
その需要が本当に行動として存在しているか。
どんな介入をすれば、その顧客の選択が変わるのか。
こちらへ移る。
そう考えると、神田昌典のマーケティングは、
古くなった部分と、
むしろAI時代に重要になった部分
がかなりきれいに分かれる。
PASONAを暗記することが重要なのではない。
「なぜPASONAが必要だったのか」まで遡る。
すると最後に残るのは、
売り手の論理からではなく、顧客の状態から事業を組み立てる。
という極めて古典的な原則である。
そしておそらく、その部分はAIがどれだけ進歩しても簡単には消えない。
===
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



