最近、ひと昔前の日本のバラエティの映像を見ていた。
恋愛系ドッキリや、下ネタ系のバラエティーをさせたら一流の某芸能人がこんなことを言っていた。
「僕、実はあんまり、キャバクラとか言ったこと無いんですよね」
実は、世の中の「プロ」と呼ばれる連中は、自分が仕事でやっていることに関してはプライベートで距離を置いていたりする。
私が昔ハマった、某ダンスグループのある人は、「クラブとか行ったことが無い」と言っていたし、ある大物芸人は「自分が出演したテレビは一切見ない」と言っていた。私が大好きな某学者さんは自著で「学問なんて・・・」「大学なんて・・・」と逆ポジショントークを吐き出すし、明石家さんまや島田紳助はコントや漫才の練習なんてしないわ、と言ってのける。
もう少し、卑近な例を出したいと思う。
私の知り合いの医師、看護師は、「自分の健康管理」はズタボロである。他人の病気を治すことに集中しすぎて、自分の病気をついうっかり拗らせて入院したことがあるなんて話を聞いて笑ってしまったことがある。それから、風俗嬢なんかは「もともとセックスが好きじゃない」とか「22歳までエッチしたことがない」みたいな人がいたりして、実は結構、男っぽいサバサバした人がたくさんいたりする。ベッドシーンの帝王でもある保阪尚希氏は、
女優さんは男っぽい人が多いですよ、だって、普通の女の人は人前で脱げないでしょう
ってことを言っていた。つまり、女優というと、女性的な魅力をビンビンに発揮してスクリーン前の人たち、テレビの前のみんなをドキドキワクワクさせているから、きっと女性的魅力に溢れた人だろうと思ったら、案外、男なのである。
昔、いろんな話を聞かせてもらったおじさんの同級生は、元暴走族のくせに裁判官になったらしいし、私の同級生で、学生時代は全然モテなかったくせに、今、新宿歌舞伎町でお店のNo.1ホストにまで登りつめている奴がいる(仕事以外で女の子と極力話したくない、と言ってのける)。
他にも面白い話がある。
ips細胞の山中伸弥教授は、もともと整形外科医を目指していたらしいけれど、手術が下手すぎて先輩に
ジャマナカ
というあだ名をつけられるぐらい酷かったらしい。
そこから進路変更したという逸話は意外と知られていない。
それから。スポーツ選手と言えば、きっと、体調管理にも気をつけて、食事に練習にと頑張っている人が多いだろうと思う。しかし、日本サッカー界のレジェンド、中田英寿は「お菓子が主食だった」と言いのけ、現役時代もお菓子をバリボリ食べていたというし、練習嫌いだったというから驚きである(そして現在、お菓子メーカーの役員を務めている)。
もちろん、世の中には「好きなこと」を突き詰めて仕事をやっている連中がたくさんいる。仕事が趣味のような人々だ。好きなことをやっていたら、ズバ抜けて上手くなってしまい、それが仕事になってしまったというような人。また最近は、「ワークライフバランス」に対抗して、「ワークアズライフ」だとか「仕事が遊びだ」とか言っているような人たちだっている。
誰もが、才能というのは、好きなことを突き詰めた先にあるのだろうと思っていると思う。あるいは、才能がある人というのは、ストレートに道を歩み続けているだろいうと思っている。
でもね、例えば、カリスマ漫画家である尾田栄一郎は、ズバ抜けて画力があるわけではない。純粋な画力で言えば、スラダンの人やアイシールド21の人、デスノートの人の画力の方が圧倒的では無いだろうか。
ドラゴンボールの鳥山明は、途中から悟空たちの髪を黒く塗りつぶすのが面倒臭くなってきて、「よし、ここで髪を金髪にする設定を導入しよう」というやり方で、あの金髪設定を作ったという。白黒漫画であれば、金髪は塗りつぶしが無い。
また、悟空たちがやたら、戦闘シーンにあたって移動するのは、「背景を描くのが面倒くさかったから」だという。
おもしろい。
やる気ない。
漫画家という職業は、絵が上手い人、好きな人がなると思いがちである。しかし、真実は意外な話が転がっている。
どうしてこんなことが起こるのだろう?
尾田氏は、「漫画というのは、観る人を楽しい気持ちにさせるものだ」と言っていた。
鳥山氏は、家でゴロゴロニートをしていて、母親に「働け!」と言われて、仕方なくペンを取って漫画の新人賞に応募したという。
彼の作品の中にある、ライトでポップなノリは、そーゆーところから来てるのかもしれない。
絵が上手いから漫画家になる、歌が上手いから歌手になる、というのは一見、必然的に見えるが、本質では無いのかもしれない。
かくいう私も、これまで、「アイデア力が」とか「発想力が」「言葉の力が」「文章力が」「思想が」「マーケティングの技法が」「人生戦略の組み立て方が」「ビジネス力が」と、色々な褒め言葉をもらってきたことがあるが、嬉しく思う一方で、本人は全く身に覚えのないことを取り上げてもらって当惑していたりする。
いや、そこ褒めてもらってありがとうございます、練習してないですけどみたいな。
そもそも、お金やビジネスになんて興味は無かったし、学生時代には活字を読むことも書くことも、そして椅子に座ることもアレルギーを発揮していた。外に出て(バイクで)走り回りたくてウズウズしていた人間である。今こうやって大量の活字を紡いでいるからさぞかし「文章を書くのが好きなんだろう」「活字が好きなんだろう」と思われるがとんでもない。
LINEなど至極苦手である。
ある仲良い女の子に、
「うん」
「そうなんだ」
「マジで」
「わかった」
というような短文ばかり送りすぎたせいで、もっと長文書いて!と怒られたことが何度かある始末である。
作家の村上龍さんが、14歳のハローワークの中で、「小説家に向いているのは、文章が上手い人ではなくて、世の中に伝える価値のあるメッセージを持っていることです」と言っていた。そして、彼は、小説家は「華々しい職業ではなくて、人類に残された最後の職業」と語っていた。
行列のできる法律相談所に出ていた某弁護士は、弁護士に向いている人の条件として、ある事案が起こった時にすぐに悪人・善人のレッテルを貼るのではなくて、「どうしてこの人はこんなことをするに至ったのだろうか?」という動機や背景事情を冷静に考えられる人が弁護士に向いていると語っていた。
・・・・。
そう、つまり、どんな職業においても、適性・不適性は、外観の第一印象とはだいぶ異なる。
サッカーの未経験者は、ゴールやドリブル、フリーキックといった華のあるシーンの虜になるが、経験者はオフザボールの動きやトラップなどが重要だとわかるし、その視点で「誰がすごい」というのも未経験者とは違った感想を持っていたりする。
就職の面接においても、採用側は「こういう人材が欲しい」「こういう人材は不向きだ」という考えがあって(それは公開しない、公開すると対策してきた人が溢れてきて見分けがつかないから)、質問やテストを練り上げる。これは各種のペーパーテストにおいても同様だと思う。
自分の資質を見極めるのは難しい。
自分を理解するのは難しい。
それ以上に、世の中に溢れている職業について、それぞれがどういう人に向いているのか、どういう人に求められているのかは直観に反することが多い。
当然、自分にとって最適な道のりを見つけるのも難しい。
ただ、これだけは言える!ってのはあります。
それは、オンラインで自分のビジネスを作る、というのはナマケモノ向きだということです。今流行りの、日常を仕事で埋め尽くそう系の話には逆行しますけどね。
歯医者の予約をすっぽかして、曜日感覚すら忘れ、毎日どこにいるのか、何してるのかもよくわかんなってくる生き方。
最近すごい思うのは、みんな仕事好きなんだなーってこと。仕事上の人間関係とか、職場の人に認められたとか、そーゆーのが好まれてるってことです。
幸せですねぇ。
サラリーマンやってて幸せな人って、絶対、怪しい人に近づいちゃダメだと思う。可愛い嫁さん、満足できる仕事、恵まれた職場環境。他に何を求めますか?
究極の自由というのは、『どうやら俺は普通の幸せとやらに縁遠い星の下に生まれたのかもしれない』と悟った人に神様が与える敗者復活戦ですよ。
若い頃に同棲なんかしなけりゃ、働かなけりゃ、今頃、満員電車で押しつぶされてに違いない。たぶん。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。