会社の予算会議は「社内資本市場」である――なぜ儲かる事業より政治力の強い事業に金が流れるのか
会社の予算会議を、
「各部署が来年度にいくら使うかを決める場」
くらいに考えていると、企業経営のかなり重要な部分を見落とします。
本質的には、あれは社内で行われている資本市場です。
上場企業なら、外部では投資家が、
「この会社に100億円を預けるべきか」
を判断しています。
しかし企業内部でも全く同じことが起きています。
本社には100億円しかない。
そこで、
A事業に30億円
B事業に20億円
C事業に10億円
新規事業に15億円
M&Aに25億円
という形で資金を振り分ける。
つまり経営陣がやっていることは、
「社内に存在する複数の投資案件から、どこに資本を配分するかを決めること」
です。
経営学・ファイナンスでは、こうした企業内部の資金配分機構をInternal Capital Market=内部資本市場として考えます。
この見方を知ると、会社の景色がかなり変わります。
「利益を出している部署が偉い」とは限らない
たとえば二つの事業があります。
A事業は毎年20億円の営業利益を出している。
B事業は5億円しか出していない。
普通に見ればA事業の方が優秀です。
しかし経営者側から見ると、重要なのは利益額だけではありません。
A事業に100億円追加投資しても利益が22億円にしか増えない一方、
B事業に100億円追加投資すれば利益が20億円まで増える、
ということがある。
すると、過去の利益額ではAが勝っていても、
次の1億円をどちらに置くべきか
という限界的な意思決定ではBが勝ちます。
この発想を持つと、
「今年いくら稼いだか」
と、
「来年この事業に追加資本を投じるべきか」
は完全に別問題だとわかります。
成熟事業が大量のキャッシュを生み、
成長事業が大量のキャッシュを吸収するのは普通です。
経営とは、稼いだ部署に褒美として予算を返すことではありません。
最も高い将来リターンを生む場所へ、会社全体の資本を再配置することです。
ここを理解していない企業では、
「俺たちが稼いだ金を、なんであの赤字事業に使うんだ」
という話になります。
しかし株式会社全体から見れば、
A事業が稼いだ現金はA事業の所有物ではありません。
株主資本です。
ところが、現実の社内資本市場はかなり歪む
理論上は、
期待収益率が高い案件へ資本を配ればいい。
ところが企業内部には市場価格がありません。
証券市場なら、
株価、
金利、
信用スプレッド、
出来高、
アナリスト評価、
競合企業のバリュエーション、
など大量の外部情報があります。
一方、社内新規事業には株価がありません。
したがって本社は、
事業責任者から提出された情報を使って投資判断するしかない。
ここで重大な問題が生まれます。
事業責任者は、
「この事業には投資する価値がありません」
とは普通言いません。
自分の部門を大きくしたい。
部下を増やしたい。
予算を増やしたい。
権限を増やしたい。
失敗したプロジェクトを途中で止めたくない。
すると、
売上予測を強気にする。
市場規模を大きく見積もる。
撤退確率を小さく見せる。
必要投資額を小さく見せる。
シナジーを強調する。
という行動が起きる。
これは単なる「社内政治」ではありません。
経済学的には、
情報の非対称性とエージェンシー問題
として理解できます。
社内で最も優秀なのは、「良い事業」ではなく「良いプレゼン」になることがある
ここから厄介になります。
本社から見れば、
A事業部長:
「市場は成熟しています。追加投資してもROICは8%程度でしょう」
B事業部長:
「市場規模は5年で3倍になります。先行投資すればシェア30%を狙えます」
と説明されたら、Bに資金を出したくなる。
しかしAの責任者が誠実で、
Bの責任者が単に数字を盛っている可能性もあります。
したがって社内資本市場では、
投資案件の質
と、
投資案件を社内で売り込む能力
が混ざります。
これが企業内部で非常によく起こる問題です。
外部資本市場なら、怪しい会社は複数の投資家・銀行・格付機関・市場参加者から審査されます。
しかし社内では、
取締役10人を説得できれば数十億円が動く。
極端に言えば、
市場で勝てる事業より、役員会で勝てる事業の方が資金調達に成功する
ことがあります。
ここから会社は腐り始めます。
「予算を使い切れ」は社内資本市場の異常現象
日本企業でよくある、
「今年の予算を余らせると来年減らされるから、年度末に使い切る」
という行動。
これは小さな事務上の悪癖ではありません。
資本配分システムが壊れている証拠です。
本来なら、
1億円の予算を与えられ、
8000万円しか必要なかったなら、
2000万円を本社に返す。
本社はその2000万円を、より収益性の高い場所へ再投資する。
これが合理的です。
ところが、
「余らせたら来年減額」
というルールになると、
各部門は余剰資本を本社へ返さなくなる。
すると社内に、
資本の抱え込み
が発生します。
経済全体で見れば資金を持っている主体から必要な主体へ金が流れるはずなのに、
企業内部では部門別予算という壁によって資金が固定される。
巨大企業が大量の資金を持っているのに、
本当に有望な新規事業には数億円しか出せない、
という奇妙な現象が起きる理由の一つです。
「撤退できない会社」も同じ問題
さらに重要なのが、撤退です。
ある新規事業に最初10億円投資した。
失敗した。
ここで本来なら、
「残りの20億円を別の事業へ投じた方がリターンが高い」
なら撤退すべきです。
ところが実際には、
「ここまで10億円使ったのだから、あと5億円あれば成功する」
となる。
さらに失敗する。
また、
「ここまで15億円使ったのだから」
となる。
典型的なサンクコストです。
しかし企業内部では、単なる心理バイアス以上の問題があります。
撤退すると、
担当役員の責任になる。
部長の経歴に傷がつく。
人員を他部署へ移さなければならない。
取引先への説明が必要になる。
以前の取締役会決議が間違っていたことを認めることになる。
だから、
経済合理性では撤退すべきなのに、組織合理性では継続した方が安全
になります。
ここで、
「会社として合理的な意思決定」
と、
「個人として合理的な意思決定」
が乖離します。
これもプリンシパル=エージェント問題です。
複数事業を持つ企業には、それでも意味がある
では企業内部で資本配分すると歪むなら、
全部の会社を分割して市場に任せればいいのか。
そう単純でもありません。
内部資本市場にはメリットがあります。
たとえば、市場から資金調達しにくい新規事業でも、
成熟事業のキャッシュを使って育てられる。
外部投資家には理解しにくい技術について、
社内の経営陣なら情報優位を持っている場合もある。
不況時に一事業が苦しくなっても、
別事業のキャッシュで支えられる。
複数事業間で人材・顧客・ブランド・データ・技術を共有できることもある。
したがって問題は、
内部資本市場が存在すること
ではありません。
問題は、
本社が外部市場より上手く資本配分できるのか
です。
ここを満たさないなら、複合企業である意味が薄くなります。
「本社は何のために存在するのか」というかなり重い問い
複数事業を抱える会社の本社には、
人事部、
経理部、
法務部、
経営企画部、
広報部、
役員、
など大量のコストが存在します。
そのコストを払ってまで複数事業を一つの会社に入れている以上、
本社は何らかの付加価値を生まなければならない。
特に重要なのが、
資本配分能力
です。
事業Aが生み出したキャッシュを、
事業Aに再投資するのか、
事業Bへ送るのか、
新規事業Cを作るのか、
会社Dを買収するのか、
株主へ配当するのか、
自社株買いするのか、
借金を返すのか。
この判断が経営です。
したがってCEOという仕事をかなり極端に圧縮すると、
会社が持っている人・金・時間を、どこに置くかを決める仕事
とも言えます。
営業部長より営業が上手い必要はない。
エンジニアよりプログラミングが上手い必要もない。
マーケターより広告運用に詳しい必要もない。
しかし、
どの事業に人と金を置けば企業価値が最大化するか
については、最終的にCEOが責任を負う。
ここを外すと、
各部門が優秀でも会社全体では負けます。
だから優れた経営は「改善」ではなく「再配分」である
会社ではよく、
営業力を10%改善する。
広告効率を5%改善する。
原価を3%下げる。
会議時間を20%削減する。
という話をします。
もちろん重要です。
しかし経営レベルでは、もっと大きなレバーがあります。
営業部門を改善するより、
その事業そのものから撤退して別事業へ100億円移す
方が企業価値に与える影響が圧倒的に大きい場合がある。
つまり、
現場は、
与えられた資源を効率よく使う。
経営は、
そもそも誰に資源を与えるかを決める。
ここを混同すると、
「全部門でもっと頑張ろう」
という経営になります。
それは経営ではなく、全社運動です。
本当に難しいのは、
Aを伸ばすことではない。
Aから資金を抜いてBへ移すべきかを決めることです。
その瞬間、
数字、
戦略、
社内政治、
人事、
権力、
責任、
全部が絡みます。
会社の予算会議が面白いのはそのためです。
表面上はExcelの数字を議論している。
しかし実際には、
企業という小さな経済圏の中で、「誰に資本を渡し、誰から資本を取り上げるか」を決めている。
予算会議を見るとき、この視点を持つだけで、
会社というものの見え方はかなり変わります。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



