3万円のランチを食べても、金持ちとは友達になれない
東京の高級ホテルで3万円くらいのランチを食べる。
周りを見ると、たぶん私より金を持っている人がかなりいる。
時計を見る。
服を見る。
話している内容を聞く。
経営者っぽい人もいる。
何億円か持っていそうな老人もいる。
でも、当たり前ですが、誰とも知り合いにはなりません。
隣のテーブルに資産10億円の人が座っていたとしても同じです。
こちらは肉を食べる。
向こうも肉を食べる。
それぞれ会計して帰る。
終わりです。
考えてみると、東京という街は妙です。
人が1400万人近くいる。
毎日、ものすごい人数とすれ違う。
しかし人脈を作ろうとすると、急に人がいなくなる。
人間が足りないわけではありません。
「接続」がないのです。
東京に人が多いというのは、あまり意味がない
渋谷駅へ行けば、一日に何十万人という人が通ります。
しかし、そこで一日立っていても人生はほとんど変わりません。
医者も通る。
上場企業の役員も通る。
芸能人も通る。
会社を何社も持っている人も通る。
自分と結婚するかもしれなかった女性も通っているかもしれない。
しかし全員、そのまま通り過ぎていく。
人は存在しています。
でも、自分の世界には存在していない。
ここで初めて、
「人がいる」
と、
「自分がその人へアクセスできる」
は全然違うことに気づきます。
インターネットも同じです。
世界中の情報へアクセスできる、と言います。
でも実際に毎日見ているのは、Googleの上位10件とYouTubeのおすすめとXのタイムラインくらいです。
情報は無限にある。
でも人間が実際に生きている世界はものすごく狭い。
金持ちに会うために高い店へ行く、という発想がおかしい
「富裕層と知り合いたいなら、六本木や麻布の高級店へ行け」
という話があります。
半分くらいは正しいと思います。
1000円の店より10万円の店の方が、金を持っている人の比率は高いでしょう。
でも、それは人口密度の話です。
人間関係の話ではありません。
フェラーリのショールームに行けば、フェラーリを買える人間の密度は高い。
しかし、自分もフェラーリを見ているだけの客なら、それ以上のことは起きません。
ところが、自分がフェラーリを10台持っている人へ事業を売却するM&Aアドバイザーだったらどうでしょう。
突然、関係が発生します。
同じ場所にいることではなく、
「相手の世界の中で、自分に役割がある」
ことが接続条件だったわけです。
世の中は「場所」ではなく「資格」で分かれている
子供の頃は、社会は地図で分かれていると思っていました。
東京。
大阪。
福岡。
日本。
アメリカ。
しかし大人になってみると、もっと強烈な境界線があります。
医師免許を持っている人が入れる世界。
弁護士が入れる世界。
会社経営者が入れる世界。
資産3億円を持っている人が入れる世界。
大学教授が入れる世界。
上場会社の役員が入れる世界。
ある会社に勤めている人しか見られない世界。
特定の顧客しか知らない世界。
紹介された人しか入れない世界。
同じ東京都港区に住んでいても、全く違う社会を生きています。
物理的には300メートルしか離れていないのに、お互いの世界には一生入らない。
これは考えてみるとかなり不思議です。
高級ホテルは誰でも入れる
高級ホテルは、実はかなり平等な場所です。
金を払えば入れます。
3万円払う。
10万円払う。
100万円払う。
料金さえ払えばいい。
だから分かりやすい。
しかし、本当に面白い世界ほど料金表がありません。
「入会金300万円」と書いていない。
そもそも募集していない。
Webサイトもない。
広告もない。
Googleで検索しても出ない。
既存の人間関係の中で、
「あの人なら大丈夫」
と次の人へ接続される。
その世界の通貨は現金ではなく、信用になっています。
ここで少し面白い逆転が起きます。
金持ちの世界へ入りたいから金を使う。
高級ホテルへ泊まる。
高級時計を買う。
高級車を買う。
でも、それで入れる世界は「金を払えば入れる世界」だけです。
本当に金持ちが強く接続されている場所ほど、金だけでは入れない。
金より先に「理由」が必要になる
例えば資産10億円の経営者と知り合いたいとします。
なぜ、その人があなたと会うのでしょうか。
ここが全部です。
あなたが有名だから。
面白い会社を経営しているから。
その人が欲しい情報を持っているから。
同じ投資をしているから。
共通の友人がいるから。
仕事を依頼しているから。
同じ趣味だから。
何でもいい。
関係が発生する「理由」が必要です。
逆に、理由さえあれば会うことはそれほど難しくありません。
銀行員なら仕事として会う。
税理士なら顧問先として会う。
医者なら患者として会う。
M&AのFAなら売主として会う。
同じ人間なのに、職業を一枚かぶった瞬間、昨日まで絶対に会えなかった人へアクセスできる。
職業とは金を稼ぐ方法だと思っていました。
でも実際には、
「特定の世界への通行証」
でもあるんですね。
会社も通行証になっている
新卒で三菱商事へ入った人と、地方の小さな会社へ入った人。
年収が違う。
仕事も違う。
でも、それ以上に違うのは、
今後会う人
だと思います。
会社に入るということは、給料をもらうだけではありません。
その会社の顧客。
取引先。
上司。
OB。
銀行。
弁護士。
投資家。
海外拠点。
全部のネットワークへ少しずつ接続されます。
だから会社員を20年やった人には、その会社から見える社会が「社会そのもの」に見えてきます。
怖いのはここです。
一つの世界に長くいると、
自分が世界の一部分しか見ていないことまで忘れる。
金持ちが別世界にいるのではない
富裕層は秘密の地下都市に住んでいるわけではありません。
普通にスーパーへ来ます。
電車にも乗ります。
ユニクロも着ます。
同じ街を歩いています。
でも、金融資産3億円を持った瞬間に、今まで営業してこなかった金融機関が営業してくる。
会社を売ろうとした瞬間に、M&A会社や弁護士や会計士が現れる。
100人雇った瞬間に、今まで会わなかった業者が大量に現れる。
IPOを考えた瞬間に、証券会社や監査法人が現れる。
世界は昔からそこにあった。
自分の属性が変わった瞬間、その世界からこちらが見えるようになっただけです。
これ、かなり面白いと思います。
「自分が世界を見る」のと同時に、
「世界から自分が見える条件」
がある。
Google検索にも同じことが起きている
例えば「NWC Peg」という言葉があります。
知らなければ、一生検索しません。
でも一度M&Aの世界へ入ると、突然重要な言葉になる。
VALUXもそうです。
SRI+もそうです。
PunchOutもそうです。
知らないときには存在しない。
知った瞬間、Google検索窓に入力できる。
つまり検索エンジンが世界中の情報を持っていたとしても、
自分が検索語を知らなければ存在していないのと同じです。
人生も似ています。
選択肢があるだけでは足りない。
その選択肢を表す「検索語」を自分が持っていなければいけない。
人生を変えるというのは、場所を変えることではないのかもしれない
昔は、
海外へ行けば人生が変わる。
東京へ行けば人生が変わる。
会社を辞めれば人生が変わる。
と思っていました。
もちろん変わることはあります。
でも、東京に住んでも10年間同じ会社と家を往復すれば、世界はそれほど広がりません。
海外へ行っても日本人とだけ一緒にいれば、日本の延長です。
逆に同じマンションに住み続けても、
会社を買う。
投資をする。
研究をする。
別の業界へ入る。
自分で客を取る。
ということを始めた瞬間、昨日まで会わなかった人が突然現れます。
移動したのは身体ではありません。
ネットワークです。
自由とは、好きな場所へ行けることだと思っていた
でも最近は少し違う気がします。
自由とは、
「入れる世界が多いこと」
なのかもしれません。
会社員としての世界へ入れる。
経営者としての世界へ入れる。
投資家としての世界へ入れる。
学問の世界へ入れる。
東京にも住める。
海外にも住める。
一人でも生きられる。
組織にも入れる。
そして、必要なくなったら出られる。
一つの場所から自由になることより、
複数の世界を行き来できること。
こちらの方が、たぶん強い。
だから3万円のランチを食べても何も起きなかった
今なら分かります。
高級ホテルのランチに問題があったわけではありません。
そこにいる人にも問題はない。
私が、
「食事をする客」
としてしか、その場所に存在していなかった。
ただそれだけです。
隣の席に資産10億円の人がいたとしても、肉を食べるという役割しか共有していない。
だから何も起きない。
もし次にその人と会うとき、
同じ会社の株主として会えば。
同じ会社を買おうとして会えば。
同じプロジェクトをやるために会えば。
二人の間には突然、世界が発生します。
人間関係というのは「人に会うこと」だと思っていました。
たぶん違います。
同じ世界の住人になることです。
そう考えると、「どこへ行けばすごい人に会えるのか」という質問も少し変わります。
どこへ行くかではなく、
自分は次に、どの世界の住人になるのか。
そっちを考えた方がいいのかもしれません。
東京でそれなりに稼いで、独身で自由なのに、この先どうするのかわからない人へ
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



