日曜日の夜に転職サイトを開く。
求人を20件くらい見る。
営業。
企画。
マーケティング。
コンサル。
年収600万円。
年収800万円。
フレックス。
リモート可。
いろいろ書いてある。
でも、どれも別に行きたくない。
タブを閉じる。
月曜日。
会社へ行く。
これを半年くらいやっている人は結構いると思います。
仕事は辞めたい。
でも次がない。
かなり厄介です。
嫌なら辞めればいい、と言う人がいる。
次を決めてから辞めろ、と言う人もいる。
どちらも簡単に言います。
本人はその真ん中で、今日も会社のパソコンを開いています。
次が決まっていないなら、基本的には在職中に探した方が安全である
最初に普通の話をします。
生活費に余裕がない。
転職市場で自分がどの程度評価されるか分からない。
特に辞めなければならない事情もない。
この状態なら、在職中に転職活動を始める方が経済的には安全です。
現在の「仕事を辞めたいけど次がない」の検索上位も、ほぼこの方向です。生活費を確認する、辞めたい原因を整理する、まず求人を見る、可能なら次を決めてから退職する。リクナビNEXTなども、基本的にはこうした判断材料を整理しています。
一方、心身の不調やハラスメントなど、そこに居続けること自体の損失が大きい場合は話が違います。
だから、
「次がないなら絶対辞めるな」
も、
「人生一度きりだから今すぐ辞めろ」
も雑です。
そんなことは分かっています。
問題はその先です。
半年間求人を見ても「次」が見つからない人がいる。
なぜでしょう。
会社を辞めると、給料以外にも妙なものが消える
退職日。
社員証を返す。
会社のパソコンを返す。
Slackから消える。
メールアドレスが使えなくなる。
名刺も古くなる。
翌朝。
目覚まし時計を7時にセットする必要がない。
これは自由です。
でも午前10時くらいになると、少し妙な感じもします。
昨日までなら会議をしていた時間です。
カレンダーを見る。
白い。
昼になっても白い。
夕方も白い。
会社員は給料をもらっていると思っています。
もちろんそうです。
でも同時に会社から、
月曜日の行き先
ももらっています。
今日会う人。
今日やること。
自分の肩書。
メールを送ってくる相手。
来週の予定。
会社を辞めると、金だけではなく、人生の背景画像みたいなものが一斉に消える。
「次がない」は、次の会社がないという意味だけではない
誰かに、
「仕事辞めたいんだよね」
と言う。
「じゃあ次どうするの?」
と聞かれる。
この質問、結構強いです。
「まだ決めてない」
と言うと、会話が少し止まる。
無職になる。
昔より一般的になったとはいえ、妙な空白感があります。
会社員。
経営者。
医師。
教師。
学生。
主婦。
人間は肩書を付けると、とりあえず説明が終わります。
でも、
「今は何者でもないです」
は説明にならない。
もしかすると「次がない」の怖さには、
次の収入源がない
だけではなく、
次に名乗る自分がいない
も混ざっています。
この二つを同じ箱へ入れると、転職活動は急に重くなる。
求人を探しているつもりなのに、次の人格まで探し始めるからです。
電車なら、次の駅が書いてある
山手線に乗る。
渋谷。
次は原宿。
その次は代々木。
安心です。
今いる駅を出る前から次が分かっている。
学校もそうでした。
小学校。
中学校。
高校。
大学。
就職。
人生の前半は、かなり駅名が表示されています。
ところが途中から表示板がなくなる。
35歳。
42歳。
51歳。
次は?
知らない。
それなのに我々は、ずっと電車方式で人生を考えます。
今の会社
↓
次の会社
↓
その次の会社
必ずホームの向こうに次の電車が止まっていないと、不安になる。
でも、人生には鉄道ではない場所もあります。
空き店舗を見ると、人間は少し不安になる
駅前にずっとあった店が閉店する。
シャッター。
テナント募集。
ガラスの向こうに何もない。
以前はラーメン屋だった。
毎日そこを通っていたのに、なくなると妙に広く見えます。
一カ月。
何も入らない。
三カ月。
まだ空いている。
「ここ大丈夫かな」
と思う。
そして半年後、内装工事が始まる。
壁が壊される。
床が剥がされる。
何の店になるのか分からない。
少し面白くなる。
古い店が営業したままでは、新しい店の工事はできません。
当たり前の話です。
でも、自分の人生になると我々は、
旧店舗を営業しながら、新店舗を完全に完成させてから閉店したい
と思います。
かなり器用です。
それでも空白は怖い
何もない期間。
人間はこれが嫌いです。
履歴書にも空白期間と書きます。
空白です。
白。
何もない。
まるで人生の欠損みたいです。
でも白紙というものは変です。
何も書いていないから価値がないとも言える。
何でも書けるから価値があるとも言える。
同じ白です。
意味だけ正反対です。
そんなことを考えていたら、昔、山を歩いたときのことを思い出しました。
森の中は、思ったより暗い
真夏でも、森へ入ると暗いところがあります。
大きな木の葉が上を塞いでいる。
晴れているのに、地面まで光が届かない。
上を見る。
巨大な木があります。
何十年もそこにいる。
幹も太い。
立派です。
その木の下にも、小さな植物があります。
ただ、なかなか大きくならない。
光がないからです。
大木が悪いわけではありません。
大木は普通に生きています。
でも、そこにいるだけで空を占有しています。
森では、大木が倒れたところに「穴」ができる
台風。
強風。
老木。
一本の大きな木が倒れる。
人間から見ると、
木が死んだ。
森が壊れた。
です。
ところが森林生態学には、この穴そのものを扱う考え方があります。
canopy gap。
林冠ギャップ。
大きな木が倒れることで、上空を覆っていた葉が消える。
光が地面まで落ちる。
温度も湿度も変わる。
それまで暗い林床で成長を抑えられていた幼木や、新たに入ってくる植物が伸び始める。
こうした小規模な攪乱と再生は「gap dynamics」と呼ばれ、森林の更新や種構成、多様性をつくる重要な仕組みの一つとされています。
森にとって、
空白=何もない
ではなかった。
空白そのものが環境を変えていた。
大木は、光まで使っている
少し嫌なことを考えます。
今の会社もそうなのではないか。
会社は給料をくれる。
信用もくれる。
人間関係もくれる。
経験もくれる。
でも同時に、
朝9時から18時。
通勤。
仕事のことを考える頭。
付き合う人間。
自分は何者かという自己認識。
かなり広い面積を使っています。
転職サイトを見るのは、仕事が終わった夜11時。
疲れている。
検索する。
3件見る。
寝る。
「やっぱり次がないな」
翌朝、また巨大な木の下へ戻る。
もしかすると、本当に次がないのではありません。
まだ地面まで光が来ていないだけのものもある。
「次を決めてから辞めろ」は正しい。でも奇妙でもある
経済的には、とても合理的です。
私も無計画に辞めることを勧めません。
ただ、一つ奇妙です。
次のキャリアが、
今とは違う業界。
独立。
小さな商売。
大学へ戻る。
海外へ行く。
しばらく勉強する。
複数の仕事を組み合わせる。
みたいなものだった場合、それを現在と全く同じ生活の中で完成させろと言われても難しいことがあります。
大木の真下で、
「次の木を大木になるまで育ててから、上の大木を倒してください」
と言っているようなものです。
光がない。
ただし、大木を倒せば何でも生えてくるわけではない
ここは重要です。
森林のギャップ研究を読むと、穴さえ開けば理想の森になる、なんて単純な話ではありません。
ギャップの大きさや位置によって再生は変わる。
周囲にどんな木があるかでも変わる。
種が来なければ生えない。
場合によってはツル植物などが繁茂し、望ましい森林更新が妨げられることもあります。
これも妙に人生っぽい。
会社を辞めた。
時間ができた。
半年Netflixを見た。
普通にありえます。
空白そのものに魔法はない。
光が入った場所に、何があるかが重要です。
森の地面には、まだ見えていない種がある
森林にはsoil seed bank、土壌シードバンクと呼ばれるものがあります。
地面の中に種が残っている。
普段は目立ちません。
条件が変化すると、その一部が発芽する。
森林では、林冠ギャップの形成と光環境の変化が、こうした植物の更新に関わることがあります。
これが面白い。
次の森は、木が倒れた後に宇宙から全部降ってくるわけではありません。
以前からそこにあったものも出てくる。
人間にも、少し似たものがあります。
昔やりたかった仕事。
途中でやめた勉強。
なぜか詳しい分野。
昔の知り合い。
副業で一度だけ売れたもの。
「いつかやりたい」と思って10年経ったこと。
普段は会社という大木の下で、小さいままです。
辞める前に作るべきなのは「次の会社」だけではない
そう考えると、退職前の準備の意味も少し変わります。
次の内定を一個取る。
もちろん強い。
でも、それ以外にも準備できるものがあります。
生活費。
小さく試した仕事。
人との接点。
実績。
勉強。
客。
売れるかもしれないもの。
行ってみたい場所。
一週間何も予定がなくても自分で動ける習慣。
これは全部、地面の下に置いておく種です。
会社を辞めるかどうかとは別に、種は増やせる。
そうすると、
辞める/辞めない
という二択だった問題が、
今いるうちに地面へ何を埋めておくか
という別の問題になる。
「次がない」のではなく、「次がまだ木になっていない」
この違いは大きいです。
転職サイトに、
年収750万円
勤務地東京都
職種マーケティング
と表示されているものだけを「次」と呼べば、次は会社しかありません。
でも現実には、次の人生は最初から求人票の形をしていないことがあります。
最初は、
月3万円の仕事。
一人の知り合い。
一冊の本。
一回の旅行。
週末に作ったもの。
妙に気になる業界。
その程度です。
種なので、木には見えません。
だから人は、
「何もない」
と思う。
本当に怖いのは、無職ではなく「自分が空くこと」なのかもしれない
会社を辞める。
肩書がなくなる。
予定がなくなる。
名刺がなくなる。
給料日も変わる。
誰かに、
「今何してるの?」
と聞かれる。
この瞬間が怖い人は多いと思います。
仕事がなくなるから怖い。
もちろんそれもある。
でも、その下にもう一つ、
会社を取ったあと、自分に何が残るのか分からない
という怖さがある。
それなら「次がない」という言葉の意味も変わります。
次の会社がないのではない。
会社の名前を消したときに、次に名乗れる自分がまだ見えていない。
これは転職サイトを1000件見ても、必ずしも解決しません。
森では、大木が倒れた場所を「失敗」とは呼ばない
一本の木だけを見れば、終わりです。
倒れた。
でも森全体を見ると、そこから別の時間が始まる。
光が入る。
芽が動く。
競争が変わる。
また木が育つ。
やがて穴が閉じる。
森林生態学では、それ自体が更新過程の一部として研究されています。
人間だけが、
空白期間
という言葉を妙に悲しく使います。
森なら、
ギャップ
です。
穴なのに、次が始まる場所でもある。
仕事を辞めたいけど次がない人へ
今すぐ辞めた方がいい、という話ではありません。
次を決めてから辞められるなら、その方が安全なケースは多い。
生活費も重要です。
転職市場も見た方がいい。
現実は森より家賃を請求してきます。
ただ、
「次がないから今を維持するしかない」
という文章だけは、一度疑っていいと思います。
なぜなら、ときどき因果関係が逆だからです。
今が巨大すぎる。
時間を使っている。
注意を使っている。
肩書を使っている。
自分について考える言葉まで使っている。
だから、その下にある小さなものが見えない。
次がないから空白が怖い。
そう思っていた。
でも森では、大木が倒れて初めて地面に届く光があります。
もちろん、穴を開けるだけでは何も育たない。
だから辞める前に種を置く。
金でもいい。
技術でもいい。
人でもいい。
小さな商売でもいい。
まだ名前の付いていない興味でもいい。
そして、あるとき本当に空が開いたら、それまで暗くて見えなかったものが動き始める。
「次がない」というのは、未来が存在しないという意味ではないのかもしれません。
まだ森の上を、今の仕事が覆っている。
そういう「次がない」もあります。
大木が倒れた翌朝、森の地面は昨日より明るい。
木が一本減ったからではありません。
空が、一つ増えたからです。
===
![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



