宝くじで10億円当たったとします。
日曜日の夜です。
スマホで番号を確認する。
一回見る。
もう一回見る。
数字が同じです。
たぶん最初にフェラーリのサイトを開く人は、そんなに多くないと思います。
「え?」
となる。
テレビは普通についている。冷蔵庫には昨日買った牛乳がある。洗濯物も干したままです。
なのに、自分だけ何かがおかしくなった。
そして数分後、たぶん多くの会社員の頭にかなり下品な疑問が浮かびます。
明日、会社行く必要ある?
宝くじが当たっても、意外とみんな会社を辞めない
先に検索してきた人への普通の答えをしておきます。
宝くじが高額当選したからといって、全員が仕事を辞めるわけではありません。
宝くじ公式サイトが公表している1000万円以上の高額当選者の調査では、当選金の使い道は「貯蓄」が47%で最多。「旅行」17%、「家族サービス・親孝行」14%などが続き、「退職する」は4人、0.7%でした。もちろん1000万円と10億円では話が全く違いますが、少なくとも「高額当選=即退職」というほど単純ではありません。
一方、長崎県で行われた「もし10億円当たったら」という調査では、仕事をしている回答者の56.7%が「続ける」、18.8%が「辞める」、24.5%が「わからない」でした。
別の働く女性への調査では、大当たりしたら今の仕事を「辞める」が39.4%。辞める人の約7割が1億円以上をボーダーとしていました。しかも辞めた後の回答1位は「転職」です。
面白いです。
宝くじで金が欲しい。
会社を辞めたい。
でも実際に金ができても、仕事そのものを全部捨てたいわけではない人がかなりいる。
では、宝くじで本当に消したいものは何なのでしょう。
月曜日の会議が、突然「任意」になる
10億円当選。
翌朝8時。
目覚まし時計が鳴る。
今までは、
起きる。
シャワー。
着替える。
満員電車。
9時会議。
でした。
ところが10億円あります。
会社へ行ってもいい。
行かなくても、少なくとも今日明日食えなくなるわけではない。
昨日まで、
「9時に会議があります」
だった文章が、
「9時に会議がありますが、別に行かなくても人生は終わりません」
に変わる。
会議そのものは何も変わっていません。
上司も同じ。
会社も同じ。
東京メトロも普通に走っている。
変わったのは銀行口座の数字だけです。
なのに予定表の意味が変わる。
金には、予定を書き換える能力があるようです。
10億円で最初に買えるものは、フェラーリではない
10億円あれば家が買えます。
車も買える。
海外旅行にも行ける。
かなり高い寿司も食べられる。
でも当選した瞬間、まだ一円も使っていないのに、すでに手に入っているものがあります。
「嫌ならやらなくていい」
です。
これは店では売っていません。
百貨店の7階へ行って、
「すみません、嫌ならやらなくていいを一つください」
と言ってもない。
でも10億円が口座にあると、いろいろな場所に突然それが発生する。
転職してもいい。
休んでもいい。
引っ越してもいい。
しばらく何もしなくてもいい。
10億円は物を買う前に、
義務の一部を任意へ変える。
もしかすると高額当選の最初の商品は、モノではなく文法なのかもしれません。
「しなければならない」が、「してもいい」に変わる。
住宅ローンの35年は、未来の自分が払う
住宅ローンを組みます。
35年。
数字だけ見ると長いです。
35年前にはスマートフォンすらありません。
でも35年後の自分に、
毎月よろしく。
と言って家を買う。
今日の自分が家を受け取り、未来の自分へ請求書を送る。
便利な仕組みです。
未来の自分は契約時にその場にいません。
35年後の自分を呼んで、
「本当に払いますか?」
と確認できない。
勝手に同意したことにします。
会社員生活も少し似ています。
来月も働く。
来年も働く。
昇進する。
55歳。
60歳。
老後。
人間はまだ会ったこともない未来の自分について、ものすごい量の予定を入れています。
Googleカレンダーには載っていません。
でもだいたい予約済みです。
人間は、未来の自分を先に売っている
会社は給料をくれます。
銀行は住宅ローンを貸してくれます。
社会は信用をくれます。
その代わり、
来月も働いているだろう。
来年も収入があるだろう。
10年後もそれなりにやっているだろう。
という未来の自分を前提にする。
つまり私たちは、今日働いているだけではありません。
未来の平日まで少しずつ予約されている。
月曜9時。
火曜9時。
水曜9時。
2031年の知らない火曜日まで、薄く会社色に塗られている。
普段はそんなことを考えません。
カレンダーを2031年までスクロールする人はかなり暇です。
10億円は巨大な消しゴムである
ここまで来ると、宝くじが札束に見えなくなってきます。
消しゴムです。
住宅ローン。
消せるかもしれない。
会社。
辞められる。
嫌な取引先。
会わなくていい。
片道90分の通勤。
消せる。
老後資金への不安。
かなり薄くなる。
10億円を使って何かを追加する前に、
人生からいろいろな「必須」を消せる。
普通、お金というと、
何を買えるか
を考えます。
でも大金については、
何をしなくて済むか
の方が重要なのかもしれません。
ここで、ものすごく嫌なものと構造が似てくる
全く逆の状況を考えます。
死刑判決を受けた人。
宝くじ10億円とは、これ以上ないくらい遠い話です。
片方は人生最大級の幸運。
片方は人生の終わりを意味する判決。
倫理的にも感情的にも、同じものとして扱う話ではありません。
でも、構造だけを一本抜き取ると、奇妙な共通点があります。
未来の予定の意味が、一瞬で変わる。
死にたい人たちが死にたい理由は、宝くじを当てたいのと一緒。
こう考えると、死にたい人たちが死にたい理由は、未来の予定をチャラにしたいからなのかもしれない。
サラリーマンが宝くじに当たればこの先の会議に出ないで良いのと同じように。
いわば、
「自殺願望」
と
「大金願望」
は嫌な形で似ている。
これは単なる文学的な連想でもなく、心理学の「entrapment=逃げ場がない感覚」とかなり接続します。現代の自殺理論でも、耐え難い心理的苦痛、絶望、逃げ道がないという感覚が希死念慮と関連することが重視されています。
2045年の住宅ローンを心配する意味がなくなる
極端な例として、将来が強制的に閉じられたとします。
すると、
30年後の老後資金。
35年ローン。
70歳からどこに住むか。
次の次の昇進。
40年後の年金。
こうした遠い未来に関する予定の重さが、急激に変わります。
宝くじ10億円でも、似たことが別方向から起きる。
住宅ローンを完済できる。
老後資金を確保できる。
昇進しなくても困らない。
月曜の会議へ行かなくても経済的には死なない。
一方は、
未来が短くなることで予定を無効化する。
もう一方は、
資源が大きくなることで予定の強制力を無効化する。
原因は正反対です。
結果だけ、薄気味悪いほど似ている。
未来のカレンダーから、「絶対」が消えていく。
幸運と不幸が、同じハサミを持っている
10億円当選。
人生が開く。
死刑判決。
人生が閉じる。
真逆です。
でも両方とも、過去の自分がせっせと作っていた未来の予定表を切断する。
来年。
再来年。
10年後。
ずっと続いていくと思っていた線が、突然意味を失う。
これは少し怖い。
なぜなら普段の人生で重要だと思っているものの中には、
それ自体が重要なのではなく、
「この人生が今の形のまま長く続く」
という前提があるから重要になっているものが大量にあるからです。
明日死ぬなら、部長になりたいだろうか
よくある話です。
明日死ぬなら何をするか。
家族に会う。
好きなものを食べる。
旅行する。
いろいろあります。
でも、
「明日死ぬなら絶対に部長になりたい」
という人は少ない気がします。
一方、40年生きるなら部長になりたい。
年収も上がる。
権限も増える。
経歴にもなる。
つまり同じ「部長」というものの価値が、残り時間によって変わる。
では10億円あったらどうでしょう。
やっぱり部長になりたい人もいる。
もうどうでもいい人もいる。
ここで気づきます。
我々が欲しいものの価値は、その物の中だけには入っていない。
未来の長さ。
必要な金。
他人からの評価。
今いる場所。
全部との関係で決まっている。
人生はAmazonの商品一覧ほど単純ではないようです。
宝くじを買う人は、金持ちになりたいのだろうか
ジャンボ宝くじ。
10億円。
豪邸。
高級車。
世界一周。
普通はそういう夢を売っています。
でも、会社員が売り場の前を通って一枚買うとき、
本当にランボルギーニが欲しいのでしょうか。
もちろん欲しい人もいる。
でも頭の片隅に、
もし当たったら、会社辞められるな。
があります。
これは消費欲ではありません。
解除欲です。
何かを手に入れたいというより、
今の人生を縛っている条件を外したい。
宝くじ売り場で300円払っているのは、10億円を買っているというより、
数日間だけ、
「もしかすると全部やめられる」
という世界線を買っているのかもしれない。
抽選日までは、その世界線が生きています。
当選確認前の宝くじには、まだ未来が入っている
財布の中に宝くじがある。
まだ見ていない。
当たっているかもしれない。
外れているかもしれない。
紙切れです。
でも抽選結果を見る前だけは、妙に重い。
10億円の可能性が入っている。
当選番号を見る。
外れ。
紙は急に軽くなる。
実際の質量は一グラムも変わっていません。
未来だけ抜けた。
変な紙です。
宝くじと死刑判決は、なぜ少しだけ似ているのか
ここまで書いて、ようやく答えが出ます。
宝くじ10億円と死刑判決は、幸福と不幸としては正反対です。
しかし一つだけ同じ仕事をする。
それまで当然のように続いていた、
未来の予定の強制力を壊す。
宝くじは、
「もうやらなくても生きていける」
によって。
死刑判決は、
「そもそもその未来が来ない」
によって。
両方とも巨大な消しゴムです。
片方は人生を広げるために消す。
片方は人生を閉じることで消す。
すると、宝くじで本当に欲しいものが少し変わる
10億円あったら何を買いますか。
家。
車。
旅行。
投資。
それもいい。
でも会社員が宝くじに夢を見る理由を突き詰めると、もっと変なものが出てきます。
未来の自分です。
もっと正確に言えば、
すでに他人に予約されていた未来の自分を、買い戻す。
月曜9時。
来月の給与。
住宅ローン。
昇進。
定年。
老後。
昨日までは、それらを前提に人生が組まれていた。
10億円が入ると、
全部そのまま残してもいい。
捨ててもいい。
選び直してもいい。
未来が白紙になるわけではありません。
鉛筆で書き直せるようになる。
だから、当たっても仕事を続ける人がいる
ここまで来ると、高額当選しても仕事を続ける人がそれほど不思議ではありません。
嫌々働き続けるのと、
辞められるのに働く
は、外から見ると同じ会社員でも中身が違う。
月曜9時に会社へいる。
昨日までは「行かなければならない」。
今日は「行くことにした」。
同じ席。
同じパソコン。
同じ上司。
でも文法だけ変わった。
もしかすると人間が金で欲しい自由のかなり大きな部分は、行動そのものを変えることではありません。
「これは自分で選んでいる」と言える状態なのかもしれません。
10億円は、未来を買う金ではなかった
宝くじが当たったら仕事を辞めるか。
辞めてもいい。
続けてもいい。
実際、高額当選しても仕事を続ける人はかなりいます。
重要なのはそこではない気がします。
10億円当たった翌朝。
9時の会議はまだ存在しています。
上司も来ます。
資料もあります。
コーヒーもたぶん昨日と同じ味です。
でも一つだけ違う。
その会議へ行く未来を、
昨日までの自分ほど強く買わされていない。
宝くじで本当に買えるものは、未来ではないのかもしれません。
逆です。
すでに売ってしまった未来を、買い戻す。
10億円という数字を見て、人は豪邸を想像します。
私は最近、巨大な白い消しゴムを想像します。
35年分の予定がびっしり書かれた紙の横に置いてある。
何を消すかは、まだ決めなくていい。
たぶん、その「まだ決めなくていい」が一番高い。
===
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



