東京でそれなりに稼いで、独身で自由なのに、この先どうするのかわからない人へ
東京に住んでいる。
仕事もある。
それなりに稼いでいる。
独身なので、家族に時間を拘束されることもない。
旅行にも行けるし、外食もできる。休日も自由です。
客観的に見れば、かなり自由な人生です。
ところが30代くらいから、妙な問題が出てきます。
「で、この先どうするんだ?」
という問題です。
20代なら、年収を上げる、転職する、恋愛する、旅行する、新しい店に行く、新しい人に会う、それだけでも人生が動きます。
しかし、その多くを一度経験すると、新鮮さがなくなる。
東京には新しい店が無限にあります。
新しい女性もいる。
新しい仕事もある。
新しい娯楽もある。
ところが、自分の人生そのものは、必ずしも新しくなりません。
ここで多くの人が勘違いします。
刺激が足りないと思って、さらに刺激を増やす。
もっと旅行する。
もっと遊ぶ。
もっと金を使う。
もっと仕事を変える。
しかし、それでも何かが足りない。
理由は簡単で、
選択肢が増えることと、方向が決まることは別だからです。
東京は、おそらく日本で最も選択肢の多い場所です。
だからこそ、
「何でもできるが、何をすればいいかわからない」
という状態が成立します。
地方では、良くも悪くも人生がある程度決まっています。
家を買う。
結婚する。
地元で働く。
子供を育てる。
親の面倒を見る。
しかし東京では、そのルートから外れても生活できてしまう。
40歳独身でも普通に生きられる。
会社を辞めても別の会社がある。
フリーランスにもなれる。
誰とも付き合わなくても暮らせる。
つまり東京は、
自由を与える代わりに、「自分で人生を決めろ」と要求してくる都市
です。
ここが東京の怖いところです。
会社員としてのルートもある。
独立もできる。
結婚してもいい。
しなくてもいい。
海外に行ってもいい。
ずっと東京にいてもいい。
金を稼いでもいい。
仕事を減らしてもいい。
選択肢が多すぎる。
だから、標準人生に魅力を感じない人ほど、30代以降に方向を失いやすい。
問題は自由がないことではありません。
自由を何に使うかが決まっていないことです。
私は、自由とは「何もしなくていい状態」ではないと思っています。
本当の自由とは、
自分で選択でき、その選択の結果も引き受けられること
です。
そのためには、まず自分が何を欲しいのかをかなり正確に知らなければならない。
金なのか。
時間なのか。
異性なのか。
知的刺激なのか。
社会的影響力なのか。
作品を残したいのか。
好きな場所で暮らしたいのか。
誰にも命令されたくないのか。
ここを曖昧にしたままでは、東京の大量の選択肢に人生を消費されます。
東京は何でもあります。
だからこそ、
自分で何かを捨てない限り、人生は決まりません。
「普通の人生は嫌だ」と思うなら、その先には自由が待っているわけではありません。
その先には、
自分専用の人生を設計する仕事
が待っています。
私はこのサイトで、そのために仕事、金、独立、都市、人間関係、恋愛、投資、能力、性格、社会構造などを横断して考えています。
一つのテーマだけでは人生は決まらないからです。
東京でそこそこ稼いで、そこそこ自由で、それでも「この先どうするんだ」と感じている人。
その感覚は、単なる暇ではないかもしれません。
次に増やすべきなのは刺激ではなく、
人生の方向そのもの
なのだと思います。
社会的には成功しているのに「自分の居場所がない」と感じる人へ
孤独というと、
友達がいない人、
恋人がいない人、
社会から孤立している人、
を想像するかもしれません。
しかし、もっとわかりにくい孤独があります。
仕事には普通に行く。
同僚とも話す。
飲み会にも参加できる。
恋愛経験もある。
人から見れば社会生活に何の問題もない。
それでも、
「自分と本当に話が合う人間がほとんどいない」
という感覚がある。
これは単純な人間関係不足とは違います。
人はいる。
しかし、
所属している感覚がない。
仕事の話をすると、みんな昇進や年収の話になる。
人生の話をすると、結婚、家、子供の話になる。
休日の話をすると、旅行、飲食、趣味の話になる。
もちろん、それらが悪いわけではありません。
ただ、
「自分は本当にそこへ向かいたいのか」
と思ってしまう。
だからといって、社会から降りたいわけでもない。
金は欲しい。
仕事もしたい。
面白い人にも会いたい。
都市にも住みたい。
美味しいものも食べたい。
しかし、
普通の人生に全面的に参加したいわけではない。
こういう人は意外に扱いが難しい。
社会不適合者ではないから、周囲からは問題があるように見えません。
本人も生活できている。
だから違和感だけが残ります。
私は、人間には二種類の適応があると思っています。
一つは、
社会で機能できること。
もう一つは、
その社会を自分の居場所だと思えること。
これは別です。
会社で高い評価を受けていても、その会社を自分の居場所だと思わない人はいる。
結婚できる魅力があっても、家庭中心の人生を望まない人もいる。
大都市で金を稼げても、消費だけで人生を埋めたくない人もいる。
このタイプが困るのは、
既存の選択肢が全部「少し違う」ことです。
会社員。
少し違う。
起業家。
それだけでもない。
家庭人。
違う。
遊び人。
それでもない。
資産家。
金だけではない。
クリエイター。
それだけでもない。
つまり、
自分を入れる既製品の箱がない。
だから私は、無理に箱を探すより、
箱を自分で作った方が早い人間がいる
と思っています。
仕事はこれくらい。
所得はこれくらい。
住む場所はここ。
人間関係はこれくらい。
一人の時間はこれくらい。
恋愛はこうする。
家族とはこう付き合う。
知的活動にはこれだけ時間を使う。
資産はここまで作る。
何歳までにここから撤退する。
そうやって、自分専用の人生を組み立てる。
既製品ではないので面倒です。
しかし、既製品が合わない人にとっては、それしかない。
このサイトを長く読んでいる人の中には、
おそらくこのタイプが一定数いると思います。
社会で戦えない人ではない。
むしろ戦える。
でも、
勝った先に用意されている人生を欲しいと思えない。
そのために迷っている。
もしそうなら、問題は「もっと社会に馴染むこと」ではありません。
必要なのは、
自分は何には参加し、何から降りるのかを決めること
です。
全部に参加する必要はありません。
仕事では社会に参加する。
家庭という制度には参加しない。
都市生活は利用する。
会社への忠誠心は持たない。
金は稼ぐ。
しかし消費競争には参加しない。
そういう人生も成立します。
社会との関係は、
0か100かではありません。
自分に必要な部分だけ接続すればいい。
私は、この「社会との距離の取り方」こそ、普通の人生に馴染めない人にとってかなり重要なテーマだと思っています。
自分の居場所が見つからないなら、
既存の居場所から選ぶという前提そのものを疑った方がいい。
その先に、自分で人生を組み立てるという選択肢があります。
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"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



