神戸大学の三品和広名誉教授に対する評価

三品の研究は、問題提起・仮説生成としては有力だが、「事業立地と時機が企業成功を決める」という因果的・予測的エビデンスとしては弱いです。

私の5段階評価では、次のくらいです。

評価対象 水準
問題設定の鋭さ 4/5
長期データの記述的価値 3/5
仮説生成 4/5
因果推論 1/5
将来予測 0.5/5
経営判断への直接利用 2/5

したがって、

「立地と時機が重要らしい」という弱い主張は信用できる。
「立地と時機を読めば成功できる」「成功企業は時機を読んだから成功した」という強い主張は、ほぼ立証されていない。

という評価です。

 

1.2009年論文は、そもそも実証論文ではない

『役員階からの展望:時機読解の戦略論』については、三品自身が、

  • 実学的戦略論の「アジェンダ」を提示する
  • 「紀行文的エッセー」として読んでほしい
  • 今後ケース群を集積し、横断比較したい
  • 現在はケース比較を進めている段階

と明記しています。つまりこれは、完成した検証結果ではなく、研究計画兼・方法論的エッセーです。査読誌掲載であっても、論文内に因果推定や予測検証があるわけではありません。

その論文から直接確認できるのは、

三品が考える問題
三品が考える戦略論の不足
三品が今後研究したい方向
少数の例示

までです。

したがって、この論文単体のエビデンスレベルは、

専門家による理論的問題提起・研究アジェンダ

であって、因果エビデンスでも予測エビデンスでもありません。

しかも具体例について三品は、日本ハムの1970年代の海外M&Aを挙げて、

結果を見ると、ここに時機があったことになる

という趣旨で判定しています。これは「時機」を結果から遡って認定しており、かなり強い事後解釈です。

構造的には、

後に成功した
↓
その参入時点を「時機があった」と認定
↓
時機を捉えたから成功したと説明

となっています。

これでは「時機」が成功を説明する独立変数ではなく、成功した時点に後から貼られたラベルになりかねません。


2.1013社研究は「単なる要約」よりは上だが、因果研究ではない

『基本戦略と利益成長:日本企業1013社の実証分析』には、実際のデータがあります。

三品は、1960~2000年の実質営業利益をもとに、

  • 優位群122社
  • 劣位群202社

を選び、2000年時点の多角化比率、国際化比率、垂直統合比率を比較しています。したがって、純粋な逸話や成功企業紹介ではありません。

しかし、設計を順番に並べると問題が見えます。

1960~2000年の利益結果を見る
↓
結果の良い企業と悪い企業を選ぶ
↓
2000年時点の事業構成を測る
↓
過去40年間の成功原因を解釈する

つまり、結果で企業を選んだ後、期間終了時の企業状態から過去の原因を推定している

通常の因果研究なら、

参入前の立地・時機を測定
↓
その後の企業成果を追跡
↓
同条件で参入しなかった企業と比較

でなければなりません。

三品の設計では、原因とされる「2000年の国際化・多角化」が、40年間の利益成長の原因であると同時に、その結果でもある可能性があります。実際、三品自身も、多角化について「多角化が不振を招いた」のか、「本業不振が多角化を招いた」のか、因果方向を文章上の解釈で決めています。

統計的に因果方向を識別したわけではありません。


3.実証から直接いえることは、かなり狭い

この研究から比較的堅くいえるのは、

2000年まで生き残った一定規模の日本企業のうち、過去40年間の利益成長が極端に良かった群と悪かった群では、2000年時点の国際化比率や多角化比率の分布に差があった。

ということです。

それ以上の、

  • 国際化したから利益が伸びた
  • 良い本業を選んだから成功した
  • 時機を捉えたから成功した
  • 多角化したから失敗した
  • 立地が戦略に先行する

は、主として三品による解釈です。

論文では国際化比率について1%水準の有意差が報告されていますが、統計的有意差は因果性を意味しません。産業、企業規模、技術力、資本力、経営者能力、輸出適性などを十分に統制した因果推定ではありません。垂直統合については有意差すらなく、測定方法にも無理があると三品自身が認めています。

したがって、分類すると、

単なる要約
    よりは上

記述統計・探索的比較
    に該当

因果推論
    には未到達

予測モデル
    にはほぼ未着手

です。

最も適切な呼称は、

長期企業史データを用いた、探索的・記述的・仮説生成型研究

です。


4.さらに深刻なのは「事業立地」が独立に測られていないこと

三品の議論では、しばしば、

本業が長期成長した
↓
その企業は良い事業立地にいた

と解釈されます。

しかし、これでは「良い立地」の独立した測定基準が曖昧です。

仮に、

良い事業立地とは、長期間利益が伸びる事業である

と定義するなら、

利益が伸びた企業は、利益が伸びる事業にいたから利益が伸びた

となります。

これは間違いではありませんが、説明力が弱い。

本当に検証するには、参入時点で観察可能な、

  • 市場成長率
  • 参入企業数
  • 供給能力
  • 利益率
  • 技術代替リスク
  • 顧客集中度
  • 投資額
  • 退出可能性

などから「立地の良さ」を事前定義し、その後の成果を予測できるか確かめる必要があります。

三品の研究は、そこまで到達していません。

 

5. 事業成果は「立地を当てたか」だけでは決まらない

三品の基本モデルは、おおむね次です。

良い事業立地
×
適切な参入時機
↓
長期的な利益成長

しかし、実際には、

参入判断
↓
追加投資・拡張判断
↓
収益回収
↓
縮小・売却・撤退判断
↓
最終的な累積利益

まで見なければならない。

成長市場に早く入って一時的に大成功しても、

  • 市場成熟後も設備投資を続ける
  • 価格競争後もシェア維持に固執する
  • 売却可能な時期を逃す
  • 技術代替が見えた後も固定費を抱える
  • 過去の成功体験のため撤退できない

となれば、初期利益を後半の損失で吐き出します。

したがって、正しい評価対象は「参入後のピーク利益」ではなく、

参入費用、追加投資、営業利益、撤退費用、売却価値をすべて含む、事業の全保有期間の成果

です。

これは株式投資よりも深刻です。株なら市場価格で売れますが、事業では設備、人員、取引関係、保証債務、ブランド毀損、撤退に伴う政治問題などがあるため、出口が狭く、撤退時期を逃すほど撤退費用まで増えるからです。サンクコストの大きい産業では、実際に退出障壁が企業を市場に滞留させることが確認されています。

6.三品の研究は「未決済ポジション」を成功扱いする危険がある

三品の分析は2000年を終点として、そこまでの利益成長で企業を分類し、2000年時点の事業構成を測っています。

しかし2000年時点で事業は終わっていません。

1960────────2000────────2020
                 ↑
          ここで勝者・敗者を判定

2000年まで利益を上げた事業が、その後、

  • デジタル化で消滅する
  • 中国勢との競争で赤字化する
  • 買収の減損を出す
  • 撤退費用を計上する

可能性があります。

相場にたとえるなら、

ポジションを閉じた後の最終損益ではなく、2000年という任意の時点までの損益で勝者を選んでいる

という問題です。

もちろん、どんな研究にも観察終了日は必要です。しかし「企業の長期的成功」を論じるなら、観察終了時点でまだ保有している事業の将来損失や撤退費用を無視してはいけません。

成功判定は観察期間に依存します。

1960~2000では成功
2000~2020を加えると失敗

という企業があり得るからです。


7.成功事例だけではないが、選択バイアスは強い

三品は成功企業だけでなく、優位群122社と劣位群202社を比較しています。その意味で、単純な「有名な成功企業だけ集めた研究」ではありません。

しかし対象企業には、

  • 1980年時点で主要取引所に上場
  • 2000年時点でも一部上場
  • 金融業以外

という条件があります。

したがって、1980~2000年の間に、

  • 倒産した
  • 吸収された
  • 上場廃止になった
  • 実質的に事業消滅した

企業は入りません。

これは重要です。撤退判断を最も大きく誤った企業ほど、2000年の母集団から消えている可能性が高いからです。

よって三品の「劣位群」は、

全企業の中の敗者

ではなく、

2000年まで上場企業として生き残った企業の中の劣位企業

です。

壊滅的なエグジット失敗が抜けるため、問題意識から見ると、サンプル設計は特に不十分です。

8. 三品にも「転地」という出口概念はある

三品は、昔の好立地が地盤沈下することや、古い立地を見限って新しい立地へ移る「転地」を重視しています。したがって、「良い市場に一度入れば永遠に安泰」と考えているわけではありません。『戦略不全の因果』にも転地に成功した企業の分析があり、後続研究でも、劣化した事業立地から転地できないことを戦略不全の一因としています。

さらに近年の著作では、事業の全体を「興す・育む・畳む」の三段階として扱うようになっています。つまり、出口問題は、少なくとも現在の三品の体系には部分的に取り込まれています。

ただし、三品のいう「転地」は主として、

古い本業に代わる、新しい本業をどう仕込むか

という企業全体の事業交代論です。

これに対して、指摘しているのは、もっと細かく厳密な、

  • いつ追加投資を止めるか
  • いつ利益回収モードに移るか
  • いつ売却するか
  • 売却、縮小、清算のどれを選ぶか
  • 撤退価値が低下する前に出られるか

という最適停止問題です。

ここは三品理論では弱い。参入時機に比べ、退出時機が独立した変数として十分に扱われていません。

9. 「時機」概念自体にも、結果論の危険がある

三品は2009年の論文で、戦略の成否には着手内容だけでなく、外部環境との相互作用やタイミングが重要だと明確に述べています。また、成功ケースと失敗ケースを横断比較し、時機を捉えたパターンを帰納的に抽出しようとしています。

一方で、具体例の記述では、

結果を見ると、そこに時機があったことになる

という判定方法も使っています。さらに、目的は将来予測ではなく、過去の事実からのパターン分析だとも述べています。

ここには、かなり重要な循環があります。

成功した
↓
適切な時機だったと判定
↓
適切な時機に行動したから成功したと説明

これでは、「時機」が独立に測定された原因ではなく、成功結果につけた事後的な名前になる危険があります。

特に退出を含めない場合、

早く参入して一時的に儲かった
=
参入時機を捉えた成功

と分類されやすい。

しかし、その後に巨額損失を出したなら、本当は、

参入判断:成功
保有・追加投資判断:失敗
退出判断:失敗
事業全体:失敗

かもしれません。

参入だけを切り取ると、事業全体の成否を誤認します。

10. 成功事例だけを抽出しているのか

文字どおり成功事例だけではありません。

『戦略不全の因果』では、上場企業1013社の長期財務データを使い、優良企業だけでなく停滞企業も識別しています。紹介資料では、優良企業122社、停滞企業202社を比較したとされています。

また、『高収益事業の創り方』も151の成功ケースだけでなく、101の失敗ケースを収録しています。

したがって、

成功企業だけ眺めて共通点を探した

という単純な成功者バイアス批判は、完全には当たりません。

しかし、もっと深刻な別のバイアスがあります。

11. 「2000年時点で生き残っていた上場企業」を母集団にしている

三品自身の説明によると、母集団は、

2000年時点の東証一部上場企業から、金融関連企業と新興企業を除外した1013社

です。そして、それらの企業について1960年以降を遡っています。

これは、かなり強い生存者バイアスを生みます。

1960年
├─ 成功して2000年まで生存・上場
├─ 低迷しながらも2000年まで生存・上場
├─ 倒産
├─ 吸収合併
├─ 上場廃止
└─ 解散・事業消滅

三品の1013社には、基本的に上二つしか入りません。

つまり、彼の「失敗企業」は多くの場合、

生き残った企業の中では失敗した企業

です。

本当に壊滅的な参入失敗、撤退遅延、倒産、事業消滅は、母集団に入る前に消えています。

撤退に失敗した企業ほど母集団から消えるため、三品のデータでは、

出口を誤ったことによる最悪の損失

が過小評価される可能性があります。

12. さらに「結果でケースを選ぶ」問題がある

三品はケースの恣意的選択を避けるため、まず母集団を作り、利益成長尺度によって成功企業と失敗企業を峻別すると説明しています。これは、最初から有名成功企業だけを選ぶよりはるかにましです。

しかし、因果証明としては依然弱い。

なぜなら、

利益が大きく伸びた企業を選ぶ
↓
その企業の歴史から「良い立地・良い時機」を探す

という、結果変数を基準にしたケース抽出だからです。

これでは、次の反実仮想がありません。

  • 同じ立地に入ったが失敗した全企業
  • 同じ時期に参入しなかった企業
  • 同じ参入をしたが早く撤退した企業
  • 同じ参入をしたが撤退が遅れた企業
  • 参入しなかったことで損失を回避した企業

したがって、三品の研究は、

成功と失敗を説明・分類する帰納的ケース研究

としては強いが、

立地やタイミングが成功を引き起こしたという因果証明

としては弱い。

結論

三品理論のエビデンスを一文で表すなら、

大規模な長期記述データと企業ケースを用いて、事業立地と時機という有力な仮説を提示した。しかし、立地と時機を成果とは独立に事前測定しておらず、因果方向も識別せず、将来予測も検証していないため、強い実証理論にはなっていない。

です。

三品は「どこに、いつ入ったか」を重視したが、事業成果を「参入から退出までの一往復」として十分には扱っていない。
良い立地と良い参入時機を当てても、追加投資、利益回収、売却、撤退の時機を誤れば、最終的な累積利益はマイナスになりうる。
また、三品は失敗事例も扱っているため、単純な成功事例研究ではない。しかし、2000年時点の東証一部上場企業を母集団としているため、倒産・消滅・早期上場廃止企業が抜ける生存者バイアスがある。さらに、結果から成功・失敗を抽出して立地と時機を事後解釈するため、因果論というより説明・類型化に近い。

 

 

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