努力し続けたら夢は叶う、についての西園寺の見解

努力し続けたら夢は叶う、目標は叶う・・・・っていう考え。これに対して、世の多くの大人は懐疑的な目を向けているのでは無かろうか。でも、個人的にはそういう考えが世の中に蔓延するのは、世の空気を重くすると思う。みんなのやる気を削ぐと思う。希望が持てない社会になると思う。

やっぱり、人は未来に明るい希望が見えて、はじめてイキイキできるもの。また、みんなが向上や上昇を信じられている方が、健康的だと思う。

「努力し続けたら夢は叶う、目標は叶う」ってことについてだけど、個人的にはこれ、あながち嘘ではないと思う。理由はシンプルで、続けてさえいれば、誰だって経験値が蓄積されるし、能力あがるし、バットを振る回数が増えれば単純に確率が上がる。だから、続けてさえいれば、夢や目標が叶う、と言われていることはあながち嘘ではないと思う。

ただ、注意がある。スポーツの世界などのように、明らかに「体力的なピーク」が関係してくるもの、「スタートの時期」が関係してくるものでは、その考えは通用しない。努力を継続したところで、蓄積が無意味になるし、相殺されるし、始める時期が遅いと全然身につかない。語学とかも、はじめる時期はすごい重要で、スタートが遅いと苦労する分野だけど、でも、続ければ続けるほど右肩上がりになる法則は機能するから、全然頑張ってもオーケーな分野。

あと、注意が必要なのは「競争」だね。たとえ努力をし続けていても、そこに競争がつきまとうのならちょっと厄介になってくる。例えば資格試験とか大学受験とか。ああいうのは、上位何パーセント、何十パーセントみたいなものがタイトルを得るみたいなパラダイムで運用されているから、努力して続けることで成長やアドバンテージがとれたとしても、先天的な優劣の差異が埋められなかったり、適性の壁を越えられなかったりする。

先天性という意味では、歌手になるとか、メイクを極めて美人になるとかいうのにも、努力が報われるのは、もちろん限界がある。そういうのは、継続して努力をしていればどうのこうのなるとかいう世界ではないかもしれない。ある程度のところまではいけるだろうけど。

努力し続ける方式は、割と馬鹿にできない。

世の中の人に怠惰な人や忍耐力がない人が多いのも事実なので、5年、10年、20年・・・・と、勝負の期間が長引くにつれて、マラソン方式で他者をだしぬける。つまり、走り続けているだけでライバルが勝手にドロップアウトしまくっていく・・・・という話だ。

ちなみに、西園寺さんはとあるエリートの人から、こんな話を聞いたことがある。

「人生の必勝法は簡単ですよ。ただ続けていればいいんです。続けることの対象を間違えなければ、続けていればほぼ勝てます。地味ですけど、みんな嫌がるので、やれば勝てるんです。ただ続けてさえいればいいんです。難しいことを考えずに、ただ続けてさえいれば・・・・・」

確かに、これは一抹の真理だと思う。地味に耐久戦勝負というのは効く。それをできる人は強い。続けているだけでライバルが勝手にドロップアウトしていってくれるというのはなんとも心が軽くなる話ではある。5年単位、7年単位、10年単位で何かに取り組む人は、そうそういない。高城剛さんも、何かを取り組むのには7年単位で考えると言っていた。この考え方は、実際に成果を出して勝っている人たちの多くに支持されているパラダイムなんだと思う。

もちろん、一番の理想は、

  • 適性があることをやり
  • 努力し続け
  • 考え
  • リスクテイクし
  • 情報を集め
  • リソースを投資し

というのが理想ではある。

とはいえ、「ひたすら努力し続ける方式」は、「文句を垂れて何もやらない方式」よりも幾分マシなのは間違いない。

「一体自分は、何を努力しようか、何を努力すべきか」というのをよく考えて、決めた後は、どっしりと構えてやり続けるというのは大切なのかもしれない。やり続けていると、勝手に学ぶ。経験値が増える。成功確率が上昇して行く。経験をベースにした思考ができるようになっていく。でも、人はそれをわかっていても、やりたいと思わない。やりたがらない。面倒臭いからだ。

だから、一番は、自分が「努力とは思わないこと」、「楽しいと思うこと」ではないだろうか。そういう意味で、「楽しい」はある意味最強だ。努力の娯楽化が発生するからね。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。