100分の1か、1000分の1か、1万分の1か、唯一無二か

義務教育の弊害は、うーん、自由と平等が両立すると無意識的に思わされることですかね。自由にさせたら競争が生まれて、不平等じゃなくなります。学校教育の中だと、みんな同じ制服を着させられて、みんな同じカリキュラムで授業を受けさせられて、みんなと同じペースで進級して・・・・って感じ。

もちろん、いろいろ競争や差は存在するけれど、なんとなくそういうマイルドな世界で生きて行く。現実の世界に出ても、規制とか当局の関与で自由競争から守れた世界がある。

でも、本当は、自由な社会というのは競争社会です。FREEDOMは競争です。「みんなで一緒に自由になろうぜ!」というのは無理な話です。

機会の平等はあったとしても、結果の平等はありません。機会の平等を担保すればするほど、結果の不平等が生まれます。

生きていると、例えば老害のおじさんに苦しめられる構造にハマって、「不自由だー」って嘆くかもしれません。それは、「機会の不平等」に苦しめられている構図です。そこから脱して、機会の平等の中で競争し、「結果の不平等」で苦しめられている人もたくさんいます。

  • 機会の不平等 → 利権競争
  • 結果の不平等 → 自由競争

どっちを取るか?です。

一生懸命人にすり寄ったり、コネを得ようとしたり、当局と仲良くしようとしたり、学歴を手にして参入障壁があるところに行こうとしたり、資格を取ったりしようとすることは、まさに「機会の不平等・利権競争」に身を投じることを言います。

逆に、漫画を描くとか、小説を書くとか、まだエスタブリッシュメントが出て来ていない新しい産業・新しい領域に行くとか、年寄りがのさばってないところに行くとか、ブロガーになるとか、youtuberになるとか、そういうのはまさに「結果の不平等・自由競争」に身を投じることを言います。

どれがいいですか。

負けまくっている人は、どっちに行くにせよ、「自分はどこに行ったら有利か」というのがさっぱりわかっておりません。

そして、自分の強みが分かっておりません。

 

・・・・・・・

 

個人的には、自分のレアリティと、周りを見渡すことを考える視点があると良いと思います。自分の中に、100人に一人の何か、1000人に一人の何か、1万人に一人の何か・・・・という、アビリティなりケイパビリティなりが備わっていれば、当然、それを活かす方に走った方が良いでしょう。これに加えて、周りを見渡して、例えば「救われてない人を救う」とか、「放置されているニーズを拾う」とか、「誰もやってないことをやる」とか、そういう視点があると良いです。

で、こういう話を聞くと、普通は思考のベクトルを内向きにして

「自分の特殊能力は何やろ・・・」

と考え込んでいくわけですが、そもそもそれがないから今ここまで、こうやって困っている状態にまで追い込まれているわけでもありますので、なかなか見つからないものです。なので、自分探しはまぁ、ほどほどにして、外の世界に目を向けると良いでしょうね。

あと、大事なのは「行動」です。

思う次元だと、みんなやるので差がつかない。

ウジウジ考えたり喋る分にはみんなやりますが、実際「やる」って次元になったらみんなやらない。ここにアドバンテージを取れるポイントがありますかね。

 

まぁー、思考力で差なんて、つきませんね。そうそう作れるもんじゃない。それはもう本当に頭が良い人の領域でしょう。厳しいでしょう。

Dan Kennedyは、成功の法則があるとしたらただ一つ、「大量行動」って言っていました。相当な成功者を生み出してますから、それはもう一つの真理です。たくさんの人に結果を出させようとすれば、その人たちに社会の中でアドバンテージを作らせてあげる手伝いをするならば、「大量行動してください」ということになるでしょう。

いろんな意味で大量行動したらいいんじゃないですかね。

めっちゃ自己投資して、めっちゃ考えて、めっちゃ行動して、めっちゃ鍛えて、めっちゃ難しいことして、めっちゃ自分を分析して、めっちゃ外を観察して・・・・って感じで、全部やったらその分、アドバンテージは取りやすくなるでしょうね。

そして、それを「根性論だわ・・・」って言って、意気消沈している周りの普通の人たちを見て、「ここがチャンス!」って動ける人がまた結局勝っていくのでしょうね。


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。