西園寺貴文の痺れる哲学

幸せな家庭は皆似ているが、不幸な家庭はそれぞれ違う形で不幸である。

これは結局のところ、幸せな家庭というのが一つの決まったパターンであることを表している。 つまり、完全完璧である。 幸せな家庭というのは、いくつもの条件を満たさなければならないのだ。それは、家庭を作る人間が生まれ持っている出自、運命も含めて。そして、当然ながら、幸せな家庭は崩れやすい。 不幸へ続く道は、広くて多様である。 しかし、幸福へと続く道は狭くて険しい。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌いな人) "強くなくては生 (さらに…)

友人の家で3日経っても疎んじられない客はいない。

友達というのは楽しみを共有するものであって、助けてもらう存在ではない。友情につけこんで便益を受け続けていれば、友人関係は破綻するでしょう。 自らは自らで救わねばならない。自助。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌いな人) "強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。" "世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。" "悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であるならば、清 (さらに…)

今から20年経てば、やったことよりやらなかったことに後悔する

人生で後悔しやすいこと。それは、自分の人生を検証したり、上の世代に話を聞けばわかるけれど、逃した機会である。 後悔は一生残る。やった後悔ではなく、やらなかった後悔だ。 冒険は危険である。ただし、失敗したとしても、機会を逃すより満足できる。命は粗末に扱った方が良い。悪貨は良貨を駆逐する。自分の命とお金を大事にしすぎたら使えなくなる。面白くなくなる。子供に砂遊びさせない潔癖な親のよう。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌い (さらに…)

地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま、突き進め。

地獄の真っ只中にいると思った時、人は必ず立ち止まる。 しかし、地獄の真っ只中にいる人間にできる最良の助言は、そのまま突き進め、だ。なぜなら、立ち止まることは物事を悪化させることだから。方向を変えるなら変えればいい。 人生は自転車を漕ぐかのよう。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌いな人) "強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。" "世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。" "悪貨が (さらに…)

幸せに生きることこそが、最大の復讐

動転したり、傷ついたりすることで敵が喜ぶことになるけれども、一番の復讐とは幸せになることであって、ダイレクトに危害を与えるようなことに邁進してると、一瞬スッキリするかもしれないが、あとあと何も残らない。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌いな人) "強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。" "世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。" "悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥 (さらに…)

夜明け前が一番暗い

人生も自然界も一緒。 どん底の時は、夜明け前。むしろ、落ちてないと夜は空けない、ぐらいの勢い。 こーゆー名言めいたことを、自分の人生で体験してるやつは強いぜ。本を読むだけで終わらんからな。  ===マイルドヤンキーでもなく、意識高い系でもなく、「ハードニート」@西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)@僻地で生きる お仕事は、無職です。「0」は無限だと信じたい。賽は投げられたのだから。Lose Yourself , Change Yourself.(我を忘れろ、クソな自尊心を手放せ、お前の全てを何かに捧げろ。そして己を変えろ。)「遊び心」「粋」「真面目に不真面目」 (組織と他人に縛られるのが大嫌いな人) "強くなくては生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。" "世界は変えられなくても、人生ぐらいは変えられる。" "悪貨が良貨を駆逐する中、悪貨に転じないことが「恥」や「損」であ (さらに…)

本当に愛せる人と出逢うのは悲劇でしかない

人にとって、本当に渇望するものは気が狂うほどそれを求めてしまう。しかし、気が狂うほど、渇望するものは手に入らない。逃げていく。そして人はそれを学習する。欲せば、欲すほど上手くいかないと知る。ここで人は、計算することを学ぶ。計算して、欲すものが手に入ることを学習した人間は、欲しいものが自在に得られるようになった頃の自分になってはじめて、あることにようやく気づく。そう、その頃の自分はもう、それを欲していないのだ。渇望し、喉から手が出るほど求めていたもの。気が狂いそうになる程欲していたもの。その気持ちを自制し、それが手に入るように頭を使って計算して動けるようになった頃の自分は、すでにその燃えたぎるような情熱はないのだ。 本当に愛せる人と出逢うのは悲劇でしかない。 なぜなら、渇望するほど上手くいかず、それを計算して上手く手に入れたところでその冷静な自分に自分で嫌気が指すだろう。また、計算して手に入 (さらに…)

やる気で悩んでいる人間って羨ましいね。私の場合、他に選択肢がなかったんだけどな。

やる気で悩んでいる奴って本当に贅沢だと思うわ。羨ましいね。よほど選択肢があるんだろうね。私の場合、選択肢がなかった。ひくにひけなかった。それしかないと思った。妥協すれば自分を殺して生きることになる、生きていて死んでいるような状態になりそうだった。 最近思うわ。 世の中では選択肢があることを過大評価しすぎ。若い人に対して『いいね、若いうちは選択肢がたくさんあって』とかよく言うけど、あれ絶対嘘だわ。選択肢はそれだけでは何の意味もないどころか、不要に迷わせ、リソースを分散させ、後悔の念を強くさせる。一生、『ああ、やっぱり他の道を選べばよかった』って思わせるからね。 松本人志が言ってたわ。お笑いがないと生きていけないって。ブラックジャックによろしく、の作者も言ってたわ。自分がいなくても漫画界は生き続けるけど、私は漫画がないと生きていけないって。 これが卓越した人間たちの姿。卓越した連中はもう、すべ (さらに…)

最近、すごく思うこと。大切なのは、憧れと信用。

最近すごく思うことがある。たぶん、これさえ知っていれば巷の自己啓発の類は全部無視してもいいんじゃない、ってぐらい。 copywritingを学べば、人が「興味→信用→行動」の心理プロセスをたどることがわかると思う。行動するためには、信じないといけないし、信じる前には興味を持たないといけない。 成功したい・成果出したいと思ったら、まず、自分が興味を持てる分野を選ぶのが鉄則。興味を持てないのに金のためだけに、とか考えるともう最悪な未来が待っているよ。 次は、信用。 この、信用が一番大事。行動の重要性を説く前に、信用が大切。なぜなら、信じる力がないと人は行動ができないから。で、信じるためにはやっぱり憧れの人を見つけるってことが一番じゃないかなぁ、って思う。 うわぁ・・・この人すげー・・・・俺もこの人みたいになりてぇ・・・・近づきてぇ・・・・・ こういう憧れを向けられる対象を見つけたら、ほぼ勝ちだ (さらに…)

何かをやって生じるリスクより、何かをやらないまま生じるリスクの方がこわかった。

昔思ってたこと。 何かをやって生じるリスクより、何かをやらないまま生じるリスクの方がこわかった。 世の中の人は、友達に影響される。友達とつるむ。友達と同じ感覚で仕事を決めたりする。それから、親に頼る。親に依存する。親に影響される。それから、学校の先生にもろに影響を受けたり、自分よりだいぶ歳上のおっさんたちの言うことを聞いてみたり・・・・・。   若いある時、病院に行った。総合病院に行った。 そして、総合病院にワラワラと集まっている年寄りたちを見て、一瞬、「こわい」と思った。   いずれ、自分もこうなるのか。 自分も、いつかは年寄りになるのか。   年寄りになると、まず友達と遊ぶってことがそれほどないだろう。友達たちはもうみんなぽっくり死んでいるかもしれない。親は当然いない。親戚連中もぼちぼち死んでいるだろうし、兄弟に関しては同じだ。子供も自立しているかもしれな (さらに…)