ラゾーナ川崎を埋め尽くせる人になりたい?

今から2年ぐらい前のことだと思う。

神奈川のある女子大生とトークしていた時のこと。

『話、めっちゃ面白いですね』

 

全然面白い話をしたつもりがないのに、やたらと面白いと持ち上げてくれた。逆に、『これ面白いやろ!』とドヤ顔で渾身のネタを繰り出したら、

『それは面白くないです』

と一蹴されてしまった。

 

世の中には、トークショーなるものが存在する。つまり、マイクを握った人間が、壇上でなんやかんや話をするのを聞きたい人が集まる場。もしかしたら、これはマネタイズの究極系なのかもしれない。私が六本木にいたときは、そーゆーのはいつも聞けたから、こーゆーところからマネタイズのセンスというのは磨かれていくのかもしれない。そして、東京の家賃はそれに付加されたプライスなのかもしれない。家賃には、オフラインでどれだけ経済活動や経済効果が見込めるのかってのが勘案されている。見逃しがちだけれど、広いから高いってわけじゃない。辺鄙な地では、ただっぴろい一軒家が月額一万円とかで貸し出されていたりするからね。

 

橋下徹の即リプで、サバンナ高橋が橋下さんに、『関西で女優さんって、縁が無いというか、雲の上みたいな感じじゃないですか!』と言っていた。

なんというか、東京であれだけ売れている芸人でも、なんとなく東京との温度差というか、東京は特殊だという感覚があるのかもしれないと思った。

資本主義のエッセンスを、ぐぐっと凝縮した街。それはやっぱり東京だと思う。私が尊敬する情報発信者は、『東京に住んだこと無しにどうやってビジネスすんのや?』的なことを語っておられたけれど、東京苦手な私でもそれには賛同できる。

 

なんだろう、、、あの感じは。

ラゾーナ川崎周辺で深夜に感じたあの感覚。

だいぶ前だね。

神奈川絡みで思い出したけれど。

 

いや、川崎は東京じゃないんだけれど、六本木や虎ノ門あたりからスーーッと抜けてきて、神奈川に向かってグレードダウンしていった先で見つけたカフェでついた一息。

ふう、落ち着くぜ。

それでも全然都会なんだけれど、あまりにもハイテンションな空間にいると、相対的に密集度や街のゴツゴツ感が落ち着いたところに移動するだけでも、安堵感が身体に行き渡る。

 

この空間を埋め尽くせるようになったら?

そんなわけのわからない妄想をしていた。

 

あれから時間が経った。

 

自由人になってからは、丁寧に全国を回るようになったのだけれど、その度に気づかされることがある。大阪都構想なんてものがあったけれど、日本は、一都、一道、二府、それから43の都道府県で成り立っている。このネーミングセンスは抜群だと思う。

東京に行きなさい。

大阪と京都に行きなさい。

北海道に行きなさい。

 

おそらく、これだけ読書しながらも、旅を重んじているのは、『書を捨てよ、旅に出よう』を実行しているからだと思うんだ。そしてその哲学は、ひたすら部屋にこもって活字を消費してるだけでは気付けない何かがあるということを、常に自分の心にリマインドさせてくれる。

引きこもりには2つの意味があるはずだ。

物理的な引きこもりと、精神的な引きこもり。

 

インターネットという空間は、どうしても地方の人を集めてしまう。そして、どうしても精神的な引きこもりの人を集めてしまう。

彼らは、自分の閉じこもった思想について、正しさを確認するために、ネットやメディアを介して普段の自分の日常では触れ合えない人たちの思想に触れ合いながら、何かを確認している。

そして、たぶん、最終的には何か、自己肯定的な結論を出してしまうのだと思う。

 

感覚的なものを習得させるために、感覚的な経験値が無い人を説得させて体感させるためには、『いいから来なさい』『いいからやりなさい』しか無いのだと思うけれど、それをやってもらえるのはたぶん、25歳ぐらいまでだ。言われるうちが華、って言葉は、スルーされるようになってからじゃないとその意味がわからない。

オチとしては、感覚は死ぬ。

老化は誤解されてるけれど、肉体的老化よりも前に精神的な老化が来る。だから、タイムリミットまでに感覚的な開発をしないといけないことってあると思う。

 

論理も大事にしたいところだけど、私はふわっとした感覚も大事にしたい。何かを感じられるのは、ミズモノだと思うから。

結局、さいっしょからさいごまで、この感覚なのか、なんて思う。感じたことで生きるのか、考えたことで生きるのか。

 

感じてる?


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

「人生を変える」にフォーカスしたブランド
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。