「資格試験の勉強」というタイプの努力が人生を狂わせる、小学生・中学生・高校生にはわかりづらいが、大人で稼いでいる人にはわかるメカニズムを丁寧に解説

 

マクドナルドで、大して注文せず、忙しい日時・時間帯にスペースを陣取って司法書士試験の勉強しているおじさんが炎上しています。

こういう人は、回転率を下げます。

つまり、この人が長居した時間を、普通のお客さんを2人、3人といれたらマクドナルドは稼ぎを得られた。

 

マクドナルドは、

  • 土地代
  • 電気代
  • 従業員代

などを、このタイプのおじさんに吸い取られています。

 

うわ、僕ら学生もやっちゃってるよ!

と思うかもしれませんが、大丈夫です。

学生は未来があるからです。

学生たちに愛してもらえれば、未来、君たちが大人になっても、家族を持っても、来てもらえる。

 

だから企業は、若者に投資します。

学割をします。

 

しかしこのおじさんは、みた感じ、40代、50代、60代、へたしたらそれ以上。

おそらく、だいぶ底辺です。

 

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努力というのは、ある程度のレベルまでは、それをやったことで褒められますが、ある程度のラインを超えると、

自己満の危険性

があります。

 

さらに、努力自慢、寝てない自慢は、結構まずい。

一国の首相がそれをやって叩かれました。

 

 

努力が怖いのは、このように、

「周りが見えなくなること」

です。

 

資格試験の勉強なんかは、いかんせん、

ちゃんとした試験のために勉強している

という免罪符になりやすいがために本人は勘違いしがちですが、いい年こいた大人が資格の勉強という引きこもった世界にいることは、

「実はかなり危険」

です。

 

この手の資格の勉強をしているのは、ニート、無職と変わりません。

しかも、「罪悪感のないニート・無職」です。

「俺は何かやってる」と思うから。

この勘違いが怖い。

 

自分を無職だと思っていない無職、しかもめっちゃ努力してるつもり

って怖いと思いませんか?

さらにその人が、

若くない

だともっと怖いと思いませんか?

周りが見えていないようだ

だとさらに怖いと思いませんか?

 

学生のうち、若いうちは良いのです。

 

若いというのは、みんな無職みたいなもの。みんな親に寄生してる。まだ将来がある。誰か怒ってくれる。まだやりなおしが効く。むしろまだ社会に出てくるな、くらいの感じがあります。

 

Screenshot

 

学生時代は、自分の周りに、自分を守って大切にしてくれる人が多いので、自分の価値を勘違いします。女性の場合はさらに顕著です。

しかし、ある程度、歳を重ねると、人はあることに気づきます。

あれ?命、結構安くね?

そうなんです。

実際、命は結構安い。

 

だから、必死に働いても、生活を回すのに必死、カツカツなのです。

 

こうしてフィードバックを受けながら、みんな、人生を考えます。

自己認識を修正しながら、

「どうやったら生きていけるか」

を考えながら、

努力をチューニングします。

 

 

マクドナルドで資格勉強をしていること自体が問題なのではありません。

空いている時間なら、店側も別に困らないでしょう。

飲み物を追加注文しながら使っているなら話も違う。

しかし、満席で、客が席を探している。

そこで少額注文だけで長時間席を占有している。

それでも、

「私は司法書士になるために努力しているんです」

という自意識の中に閉じこもっているなら、かなり危ない。

司法書士試験より先に、目の前の社会を読む能力を失っているからです。

 

しかも、いい歳して資格を取るということは、独立が視野に入っています。

経営者・自営業者になるということ。

これは致命的です。

 

資格試験というのは皮肉なもので、社会で生きるための武器を手に入れるために勉強しているはずなのに、自分勝手な勉強に没頭しすぎると、社会を見る能力そのものが落ちることがあります。

 

そもそも、資格試験にハマるような人たちは、

自分はサラリーマンに向いていない

みたいなマインドの人が多いのですが、だから、変な資格試験努力をして、そして仮に資格を取ったとしても経営に失敗したりするのです。

 

 

この手の、

努力のパラドックス

というのは、若いうちは多くがハマる罠で、大人になっても精神性・経済性・社会性が弱い人ほどはまります。

カフェで一生懸命勉強をしている中高年がみんな貧乏そうなのは理由があります。

 

日本人で多い弱者はこのタイプです。

ある意味、乱立する資格試験ビジネスも、「貧困ビジネス」の一種です。

 

 

私も過去、この手の罠に陥ったことがあるのです。

 

そして、大人の今はどう変わったかというと、私は、

課金ばかり

しています。

 

課金というのは、社会につながる行為です。

パス回しに参加します。

 

つまり、自己中資格試験努力の人が、1人でグラウンドのすみっこでリフティングをしているとしたら、私は、ミニゲームに参加しています。パス回しに参加しています。経済のパス回しです。

 

そもそも、世の中、

教えるのが上手いとか、能力が高い

みたいな人たちは、その人たちも「仕事」「生活」があるので、こういう人たちは稼げる場所に行きます。すると、結局、こういう人たちから教えを受けるためにはそれなりにPAYをしないといけません。

格安個別指導塾!

とかに安易に騙される人は、「それって大学生バイトばっかりじゃないの?しかもCランク大学の・・・」みたいな視点が足りません。

 

また、仮に、

課金するお金が無くなっちゃった!

みたいになると、危機感を覚えます。

それが良いのです。

もっと稼ごう!とかそういう気持ちになります。

 

しかし、

  • 資格の勉強をする
  • 小説家になるために芥川賞に応募する
  • 集英社に自作の漫画を送る

みたいなことをしている人たちは、ほとんどマジでフィードバックを受ける機会がありません。

学校でいじめられて、引きこもって音楽とか絵画とかに走るタイプの人に多いのですが、もはやそこが1人遊びの逃げ場、現実逃避になってしまう。

ちょうど、渡辺銀次40歳独身(ドンデコルテ)がチャーハン作りに嵌っていたのと同じ感じです。

 

 

完全に自分1人で完結する努力

というのは、超危ないのです。

 

 

正直、売れないユーチューバーの方が、

司法試験の勉強にハマってる人よりマシだったりします。

 

なぜなら、彼らは再生回数と向き合っているからです。

試行錯誤しているからです。

 

売れないYouTuberは、動画を投稿した瞬間、372回再生みたいな残酷な数字を突きつけられます。

昨日より再生されなかった。
クリックされなかった。
途中で離脱された。
登録されなかった。
コメントもつかなかった。

言い訳できません。

もちろんアルゴリズムの運不運はあります。

しかし100本、200本と出しても全部伸びないなら、

「俺が面白いと思っているものと、他人が見たいものがズレているのでは?」

と考えざるを得なくなります。

これが社会です。それがいいんです。これが大人です。ここが、ガキと大人の違いです。決定的な。

商売もそうです。

商品を作った。
売れない。
広告を出した。
反応がない。
値段を上げた。
客が消えた。
新商品を出した。
リピーターがつかなかった。

 

全部、自分の認識と、社会の現実との差分を教えてくれています。

社会というのは、かなり冷たいですが、その代わり非常に優秀な教師です。

売れなければ、
「少なくとも、この条件では価値を感じてもらえていません」
と教えてくれる。

採用されなければ、
「少なくとも、この会社はあなたをこの条件では欲しがっていません」
と教えてくれる。

人が離れていけば、
「少なくとも、今の接し方には何か問題があります」
という可能性を教えてくれる。

 

痛い。

でも、だから修正できます。

 

つまり、まともな社会人、稼げる社会人、危なくない社会人は、

どうしてだ!?なぜ社会は、私のこの努力やアウトプットに対して、この評価報酬しか返さないのだ!??

どうして理解しないのだ?

と苦悩しながら、それでもやむなく、KGIKPIのためにPDCA回しながら修正する、ある意味「不愉快な連続」を繰り返しています。

逆に一番怖いのは、失敗しているのに失敗した感じがしない環境です。

資格試験は、その構造を作りやすい。

 

そもそも受かってはじめてスタートラインの構図なので、その意味でもスーパー論外なのです。

日経新聞読んで経済の動きをインプットしてるおっさんより遥かに劣る、それが「いつまでも受からない資格試験勉強おじさん」なのです。

 

社会から見れば何も起きていないのに、本人の内部では巨大な物語が進行する

という状態が発生します。

これが危ないのです。

小説家志望も同じです。

「俺は10年間小説を書いている」

と言う。

しかし、
誰が読んだのか。
誰がお金を払ったのか。
誰が次も読みたいと言ったのか。
ここを見ない。

 

 

AIには教えられない人生講座 23歳の自分に向けて人生を語ろう 「やる気と貨幣」
 

 

 


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。