年収1000万円なのに生活が苦しい人には個人CFO何必要なんじゃないか?会社は固定費を嫌うのに、人間は固定費を自慢する

年収1000万円。

この数字には妙な魔力があります。

転職サイトでは「年収1000万円求人」と書かれ、タワーマンションの広告には年収1000万円の夫婦が登場し、婚活市場では急に希少動物みたいな扱いになる。

ところが、実際に年収1000万円になった人が深夜0時にコンビニへ行って、158円のお茶を買うか168円のお茶を買うか考えていたりする。

変な話です。

1000万円も稼いでいるのに、10円を見ている。

もっと変なのは、その人がコンビニを出ると、月20万円のマンションへ帰ったりすることです。

10円は気になる。

でも20万円は毎月自動的に消えていく。

人間は、小さい金額には敏感なのに、大きな金額には慣れるという不思議な生き物なのかもしれません。

年収1000万円でも生活が苦しいのは、本当に税金のせいなのか

もちろん税金と社会保険料は大きいです。

額面1000万円がそのまま使えるわけではありません。さらに東京で家族を持てば、家賃、住宅、教育、車、食費などが積み上がります。

実際、世帯年収1000万円でも東京で家賃20万円前後、食費10万円程度などの支出を抱え、余裕を感じにくい家庭が報じられています。

だから普通の記事はここから、

保険を見直しましょう。

格安SIMにしましょう。

ふるさと納税をしましょう。

となります。

間違ってはいません。

でも、私はこの話を見るたびに、会社の決算書を思い出します。

会社は固定費が増えると怖がる

会社経営をしている人は、固定費をかなり嫌います。

月100万円のオフィスを借りる。

社員を10人増やす。

システムを年間契約する。

倉庫を借りる。

一度契約すると、売上がなくても金が出ていくからです。

売上1億円なら余裕があります。

でも翌年5000万円になっても、家賃は勝手に半額にならない。

社員の給料も半額にはできない。

会社が潰れるとき、利益が少ないこと以上に、金が出続けることが怖い。

だから会社は、

固定費を変動費にできないか。

外注できないか。

在庫を減らせないか。

オフィスを小さくできないか。

必死に考えます。

ところが人間は逆のことをします。

人間は固定費が増えると「成功した」と思う

年収が上がった。

広い家へ引っ越す。

いい車を買う。

子供を私立へ入れる。

保険を増やす。

サブスクを増やす。

住宅ローンを組む。

そして、

「生活水準が上がった」

と言います。

会社ならCFOが青ざめることを、個人はInstagramに載せる。

これは考えてみると面白い。

会社では固定費の増加は経営リスクなのに、個人生活では固定費の増加が成功の証明になっています。

BMWが悪いわけではありません。

タワーマンションも悪くない。

問題は、そのBMWやマンションが、毎月未来の自分へ請求書を送ってくることです。

住宅ローンは、未来から金を借りているように見える

35年ローンで家を買います。

銀行から5000万円借りた。

普通はそう考えます。

でも、少し違う見方もできます。

まだ働いていない未来の自分がいます。

2030年の自分。

2040年の自分。

2050年の自分。

その人たちがこれから稼ぐ給料の一部分を、2026年の自分が先に使っている。

タイムマシンみたいです。

未来の自分から現在の自分へ金を送金する。

代わりに未来の自分には、

「毎月これだけ払ってください」

という請求書を残す。

すると住宅ローンという金融商品が、急に時間の話になります。

高い年収は「未来の自分」を大量に売れる

年収300万円の人に銀行は1億円貸してくれません。

でも年収が1000万円、1500万円になると、借りられる金額が増えます。

信用力が上がったからです。

これは良いことです。

ただ、別の言い方もできます。

未来の給料を担保にして、現在へ持ってこられる金額が増えた。

つまり年収が上がるほど、

未来を前借りする能力

も上がる。

年収1000万円になる。

7000万円の住宅ローンを組めるようになる。

高級車のローンも通る。

クレジットカードの限度額も増える。

すると不思議なことに、

稼ぐ能力が上がる

支払う能力が上がる

契約できる固定費が増える

仕事を辞めにくくなる

ということが起こります。

成功したら自由になると思っていたのに、成功したから辞められなくなる。

少し変です。

金持ちになる途中で、なぜか会社への依存度が上がる

新卒で年収350万円。

独身。

家賃6万円。

車なし。

貯金100万円。

嫌なら実家へ帰れる。

意外と身軽です。

10年後。

年収1200万円。

住宅ローン。

子供二人。

私立。

車。

保険。

管理職。

部下。

社会的地位。

今さら年収500万円には戻れない。

数字だけ見ると、10年前より圧倒的に成功しています。

でも、

「明日会社を辞めても平気ですか?」

と聞くと、10年前より困ることがあります。

年収は3倍になった。

自由度は3分の1になった。

経済的成功というものは、単純な右肩上がりのグラフではないのかもしれません。

ここでフェラーリの話になります

フェラーリを所有している人が貧しい、と言いたいわけではありません。

むしろ欲しいなら買えばいい。

でも面白いのは、フェラーリを買えることと、フェラーリを買っても人生が変わらないことは別だということです。

100万円しかない人が5000万円の車を買うことはできません。

10億円ある人なら買える。

しかし、本当に10億円ある人にとって5000万円は資産の5%です。

年収1500万円の人が1000万円の車をローンで買うのとは意味が違う。

外から見ると、どちらも高級車です。

でも片方は余剰から出ている。

片方は未来から出ている。

駐車場に並べると区別できません。

ここで急に「見た目の豊かさ」というものが怪しくなります。

金持ちは、何を持っている人なのだろう

高級車。

タワーマンション。

時計。

ブランド服。

これらは全部見えます。

だからSNSでは分かりやすい。

一方、

有価証券3億円。

非上場会社の株式。

借金のない自宅。

10年分の生活費。

会社を辞めても入ってくるキャッシュフロー。

誰にも見えません。

富は、見えるものより見えないものに入っていることがあります。

野村総合研究所も富裕層を「年収」ではなく純金融資産で分類していて、1億円以上5億円未満を富裕層、5億円以上を超富裕層としています。

つまり年収1000万円の会社員は、高所得者ではあっても、それだけでは富裕層ではありません。

蛇口から大量に水が出ている人と、浴槽に大量の水が溜まっている人は違う。

年収は蛇口です。

資産は浴槽です。

蛇口が太いと、排水口も太くなる

年収が上がる。

いい家に住む。

いい店へ行く。

タクシーを使う。

旅行のホテルが変わる。

以前なら3000円で迷ったものを、迷わず買う。

生活は快適になります。

でも人間はすぐ慣れます。

一泊5万円のホテルが特別だった。

何度か泊まる。

普通になる。

次は10万円。

昔は吉野家で満足できたのに、知らなくていいものまで知ってしまう。

世界が広がるというのは、必ずしも幸せなことだけではありません。

一度知った生活は、知らなかった状態へ戻りにくい。

蛇口を太くすると、いつの間にか排水口まで太くなっています。

年収が上がるほど幸福になるなら、ゲームは簡単だった

年収300万円より500万円。

500万円より800万円。

800万円より1500万円。

ずっと幸福になるなら、人生の攻略法はものすごく単純です。

数字を上げ続ければいい。

でも実際には、人間は慣れます。

昨日まで欲しかったものが、今日手に入る。

一週間嬉しい。

半年後には背景になる。

東京タワーが見える家に引っ越しても、毎晩東京タワーを見て泣くほど感動する人はいません。

そのうちカーテンを閉めます。

人間の脳には、かなり残酷な標準装備が付いています。

「普通にする機能」です。

だから金は、物を買うためだけに使うと消える

100万円ある。

ホテルへ行く。

時計を買う。

旅行する。

もちろん楽しい。

使えば経験になります。

でも使った瞬間、100万円はなくなります。

一方、100万円を残す。

何も起きません。

写真にもならない。

Instagramにも載せられない。

しかし、突然会社を辞めたくなった日に意味が出てきます。

上司と喧嘩した日。

会社が潰れた日。

半年旅行したくなった日。

何かを勉強したくなった日。

事業を始めたくなった日。

そのとき100万円は、

時計

ではなく、

「嫌なことを断れる日数」

に変わります。

金の単位が円から時間へ変わる。

100万円は100万円ではない

生活費が月20万円なら、100万円は5カ月です。

月50万円なら2カ月です。

同じ100万円なのに、意味が違う。

すると資産額だけでも足りません。

生活コストまで見なければ自由度が分からない。

資産3000万円。

毎月100万円必要。

30カ月。

資産3000万円。

毎月20万円必要。

150カ月。

同じ資産なのに、一人は2年半、もう一人は12年以上動ける。

ここまで来ると「金持ち」という言葉もかなり怪しくなります。

資産額ではなく、

「何カ月NOと言えるか」

で測った方が、人生には役立つのかもしれない。

会社はキャッシュを「ランウェイ」と呼ぶことがある

スタートアップの世界にはrunwayという言葉があります。

手元資金であと何カ月生きられるか。

会社の現金が1億円ある。

毎月1000万円減る。

あと10カ月。

ランウェイ10カ月。

飛行機が離陸する滑走路です。

会社では普通に考える。

しかし、人間はあまり自分のランウェイを計算しません。

預金1000万円。

毎月40万円必要。

25カ月。

これは個人版ランウェイです。

年収1000万円という数字より、

「給料が明日ゼロになった場合、何カ月そのまま生きられるか」

の方が自由をよく表している場合があります。

すると高級マンションが、急に違う物体に見えてくる

眺望。

コンシェルジュ。

ラウンジ。

ジム。

駅直結。

全部素晴らしい。

でも月30万円の家賃を払えば、年間360万円です。

3年で1080万円。

家が悪いのではありません。

その1080万円で何を買っているのか、という話です。

広い部屋を買っている。

立地を買っている。

快適さを買っている。

そして同時に、

「毎月30万円を稼ぎ続けなければならない未来」

も買っています。

商品には、値札に書いていない付属品があります。

自由を買ったつもりで、不自由を買うことがある

車を買えば好きなところへ行ける。

自由です。

ローンが増える。

働かなければならない。

不自由です。

家を買えば好きな家に住める。

自由です。

35年間支払いがある。

不自由です。

役職が上がる。

意思決定できる。

自由です。

責任が増える。

辞めにくくなる。

不自由です。

ほとんどのものには両面があります。

だから「豊かになる」というのは、単純に所有物を増やすことではないのでしょう。

何かを得るたびに、何に縛られたかを見る必要があります。

高所得者が一番怖いのは、貧乏になることではないのかもしれない

年収1000万円を超えた人は、たぶん相当頑張ってきた人が多い。

受験。

就職。

昇進。

転職。

専門能力。

何年もかけて上へ来た。

すると失うのが怖くなります。

年収1200万円から700万円へ落ちる。

都心から郊外へ行く。

管理職から普通の社員へ戻る。

高級マンションから普通の賃貸へ戻る。

客観的には生きていけます。

でも「落ちた」という感じがする。

つまり年収が高くなると、金だけでなく、

自分の物語

までそこへ乗ってくる。

これが一番重い。

人間は給料だけで会社につながれているわけではない

名刺。

肩書。

会社名。

オフィス。

年収。

取引先。

同僚。

住んでいる場所。

着ている服。

いつの間にか全部が一つのセットになる。

会社を辞めるということは、給料一個を捨てるだけではなくなる。

セット商品を解約する感じになります。

だから、会社が嫌いなのに辞められない人へ、

「勇気を出せ」

と言っても効かない。

失うものが多すぎます。

年収が高い人ほど、場合によってはこのセットが巨大になります。

そこで貯金の意味がまた変わる

最初は「年収1000万円なのに、なぜ貯金できないのか」という話でした。

今はかなり違って見えます。

貯金とは、老後のために数字を増やすゲームだけではない。

セット商品を解約できる力でもある。

会社を辞めてもいい。

半年働かなくてもいい。

違う仕事を試してもいい。

事業を始めてもいい。

嫌な客を断ってもいい。

そのための余白です。

つまり金を貯めていたつもりが、

選択肢

を貯めていた。

会社は固定費を嫌うのに、人間は固定費を自慢する

ここへ戻ってきます。

会社は固定費が増えると怖がります。

個人は固定費が増えると成功した気になります。

でも人生を一つの小さな会社だと思えば、少し見え方が変わります。

売上が年1000万円ある。

立派です。

しかし固定費が950万円なら、かなり怖い会社です。

売上600万円。

固定費250万円。

現金が大量にある。

こちらの方が自由に動けるかもしれません。

人間も同じなのではないでしょうか。

年収という売上だけ見ているから、変なことになる。

年収1000万円はゴールではなく、巨大な蛇口である

蛇口から大量の水が出る。

それ自体は素晴らしい。

ただ、出てきた水を全部流してしまえば、蛇口が止まった瞬間に何も残りません。

浴槽へ残すこともできる。

別の蛇口を作ることもできる。

水がなくても困らない仕組みを作ることもできる。

そう考えると、年収1000万円になった後にやることは、

さらに1200万円。

1500万円。

2000万円。

と蛇口だけを太くすることではないのかもしれません。

蛇口を止めても大丈夫な状態を作る。

こちらの方が、ある地点から重要になります。

年収1000万円なのに生活が苦しい。

もしそう感じているなら、158円のお茶を168円へ変える必要はたぶんありません。

もっと大きな排水口を見た方がいい。

そして、その排水口の中には家賃や車だけでなく、

肩書。

生活水準。

他人からどう見られたいか。

過去の自分より下へ行きたくない気持ち。

まで一緒に流れていることがあります。

金の話をしていたはずなのに、最後には自分が何を守ろうとして働いているのか、という話になってしまいました。

でも、お金というものは、もともとそういう変なものなのだと思います。

コンビニのお茶10円を気にしながら、月30万円の家へ帰る。

その人が合理的でないとは思いません。

ただ、その10円と30万円は同じ「円」という単位で表示されているのに、頭の中では全く違うものとして処理されています。

もしかすると年収1000万円の次に見るべきなのは、もう一つ大きな年収ではありません。

自分の生活の中で、

何が金で、

何が時間で、

何が自由で、

何が見栄で、

何が未来の自分への請求書なのか。

一度、値札を貼り替えてみることなのかもしれません。

副業は何から始める?――コンビニに「副業」は売っていない。会社の外で最初の1円が発生する仕組み


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西園寺貴文(憧れはゴルゴ13)#+6σの男

   




"make you feel, make you think."

 

SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)

新たなるハイクラスエリート層はここから生まれる
         




Lose Yourself , Change Yourself.
(変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れられる冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、見分ける知恵を与えたまえ。)
 
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。